■形だけでなくディテールも独特
高麗螺鈿漆器は、既に当時から名声高かった。12世紀の宋の使臣・徐兢が、『高麗図経』で「高麗の螺鈿技術は細密で貴重なもの」「極精巧」と激賞したほどだ。専門家らは、その理由として(1)非常に細かく切った貝殻片を組み合わせて作る緻密な模様(2)2本の針金をよって外郭線を飾る難しい技法(3)タイマイの甲羅(べっ甲)の裏側を彩色して器の表面に張り、赤・だいだい色・黄色が幻想的な輝きを放つ技術は、中国・日本にはない高麗だけのものだから-と説明する。
今回の作品は、菊と唐草文がふたと本体をびっしり覆い、唐草文の葉の部分が曲線を描いてゆらめきを帯びている。ふたと本体の角の部分には細い針金が2本入っている。だが、八角形という独特の形だけでなく、細部の描写にも特異な点がある。イ・ヨンヒ元国立中央博物館保存科学部長は「螺鈿を切り取る加工法や文様の細かなディテールは典型的な高麗様式」としつつも「通常、高麗螺鈿は外郭線に2本の針金をよって入れるのに、この作品ではそれが見えない」と指摘した。Leeumのイ・グァンべ責任研究員は「2本より合わせて入れる針金の代わりに、『一』字型の針金で済ませた。花同士をつなぐ枝も、針金ではなく薄い螺鈿で切り貼りしている点も異色」と語った。
Leeumがこの作品を「高麗螺鈿」と断定せず、「高麗末-朝鮮王朝初期」(14-15世紀)に範囲を拡大した理由はここにある。Leeum側は「14世紀の高麗末期の作品だと思うが、朝鮮王朝時代にまたがっている可能性があり、範囲を広げておいた」と説明した。7年前の愛知県陶磁美術館は「高麗、14世紀後半」と紹介しつつも、図録では「高麗末期から朝鮮王朝初期にかけての過渡期の姿を示している」と付け加えていた。
これで韓国は、完全な形の高麗螺鈿漆器の作品を4点保有することになった。昨年は、文化財庁と国外所在文化財財団が日本のまた別の個人コレクターから購入した高麗螺鈿菊花唐草文盒を公開し、話題になったこともある。イ・ヨンヒ元部長は「サムスン側が今年4月に李健熙(イ・ゴンヒ)コレクションを国へ寄贈し、全国民が享有できるようにしたのに続いて、Leeum美術館が日本で発見された貴重な螺鈿まで故国に取り戻したので安心」とし「海外に持ち出された国宝級の遺物が戻ってきたという点で、拍手を送りたい」と語った。
許允僖(ホ・ユンヒ)記者