北朝鮮が飛ばしてきた数百個の「汚物風船」が韓国全域を覆った。北朝鮮と接する京畿道・江原道はもちろん、韓国軍の陸海空軍本部がある忠清南道鶏竜台、白頭大幹を越えた先に位置する慶尚南道居昌でも発見された。
韓国軍によると、北朝鮮は28日の夜から29日の午後まで十数時間にわたり、汚物をぶら下げた大型風船をばらまいた。北朝鮮が最近、ある対北団体によるビラ散布を「挑発」と規定し、今月26日に「紙くずと汚物をばらまく」と予告してからわずか2日後のことだった。韓国軍の合同参謀本部(合参)は「29日午後4時までに確認された対南風船はおよそ260個で、北朝鮮軍が1日で散布したものとしては歴代最大の規模」とした。
北朝鮮の金与正(キム・ヨジョン)労働党副部長は29日の夜に談話を通して、対南汚物風船は「人民の表現の自由」だとし、散布を制止するには限界があるので「大韓民国政府に丁重に了解を求めるところ」と述べた。韓国政府が、対北ビラは表現の自由であって禁止できないと言っているのを、皮肉ったのだ。その上で金与正副部長は「自由民主主義の幽霊たちに届ける心のこもった『誠意の贈り物』」だとし「引き続き、引き続き拾い上げなければならないだろう」と主張した。
対南風船には、家畜の分泌物が入った肥料、たばこの吸い殻、紙くずなど汚物が入った袋が取り付けられていた。「ビラ」など体制宣伝用の伝単などは現在までのところ確認されていない。ごみだけを南側に送り込んでいるのだ。北朝鮮は2018年の平昌冬季オリンピック前後に対南風船散布をやめたが、今回およそ6年ぶりに再開した。合参は「レベルの低い行為を即刻中断すべきことを厳重に警告する」とコメントした。
北朝鮮は、29日の早朝には西海地域で南側に向けてGPS(衛星利用測位システム)電波のかく乱攻撃を実施した。韓国軍は、対南風船とGPSかく乱による人命・財物の被害はないと伝えた。北朝鮮の「グレーゾーン挑発」が本格化したという見方が出ている。戦争ではない軍事手段で韓国社会を揺さぶろうとする戦略だ。韓国政府の関係者は「韓国国民や政府がこうした心理戦・複合脅威に果たして動揺するかどうかテストしたいと思って行っている」と語った。
北朝鮮との隣接地域に当たる京畿道東豆川・坡州などでは28日の夜から、風船の残骸および汚物が見つかったとの通報が相次いだ。風船は、北朝鮮との隣接地域から300キロ近く離れた慶尚南道居昌郡でも発見された。韓国軍の消息筋は「通常型の爆弾に放射性物質を詰めた北朝鮮版『ダーティー(汚い)ボム(dirty bomb)』攻撃は心配したが、本当にごみを送るとは予想外」と語った。
京畿道の住民は、28日の深夜に発信された災害ショートメールで恐怖に震えたこともあった。災害ショートメールは、北朝鮮の対南ビラと推定される未詳の物体が識別されたという内容だったが、「対南伝単推定未詳物体」という表現があいまいな上、災害ショートメールに「Air raid preliminary warning(空襲予備警報)」という英文が添えられていたからだ。空襲という単語を見て「本当に戦争が起きたのか」という問い合わせが相次いだという。京畿道漣川郡に住むパク・タソムさん(36)は「いきなり鳴り響いた警報のショートメールに、いつものように行方不明通報のショートメールだろうと思ったら、唐突にも『対南ビラが散布された』という内容だった」とし「深刻な状況なのだろうかと不安に思い、しばらく眠れなかった」と語った。