地方の水道の栓はほとんどふさがっていて、平壌も制限給水だ。川の上では洗濯をして、下ではその水をくんで飲んだ。水くみは女性の専担だ。韓国で、シャワーを浴びながら泣いたという脱北女性は多い。韓国到着直後、最初に見た便器の水で歯磨きをした脱北者もいる。その水で手を洗ったのも一人や二人ではない。北で飲んでいた水より、その水の方がずっときれいに見えた。
この地獄の唯一の脱出口は「脱北」だ。韓国におよそ3万人が来ており、中国にはもっと多い。そうして脱北者らは、中国で驚くべき話を聞く。「腐って病んだ資本主義南朝鮮」と「大韓民国」が、実は同じ国だというのだ。かつて北朝鮮住民の中で、「大韓民国」という国号を知っている人はまれだった。知っている人も、大韓民国は「豊かなどこかの国」だと思っていて、「乞食が群れている南朝鮮」と同一視できずにいた。韓国ドラマを見ていてもそうだったという。信じ難いが、事実だという。それほどまでに外部情報の遮断と洗脳は徹底していた。だが今では「南朝鮮=大韓民国」という事実が、脱北者の家族や脱北者自身のユーチューブ配信を通して北朝鮮へ流れ込んでいる。住民の間では、「大韓民国」が口の端に上るという。このことは、金氏による内部引き締めに問題を投げかけたものとみられる。金氏一族は、手遅れになる前に、使い道がなくなった「南朝鮮」を廃棄して「大韓民国」を前面に出し、大韓民国に対する敵対心を住民らに集中洗脳すると決めた可能性がある。「洗脳の現実化」というわけだ。
北では、生まれてから死ぬまで、洗脳され続ける。飢えて死にながらも、これは民のせいであって、おにぎりを食べて仕事をしている将軍様のせいではないという。だが生きることがあまりにつらいので、白頭の血統への崇拝にも小さなひびが生じている。「漢拏の血統(韓国に来た脱北者と北の家族)」だ。脱北者らが作った言葉だ。広く見れば数十万人に達するだろう。今や、カネのある「漢拏の血統」は北では良い結婚相手だという。韓国の服や電子製品は既に人気を集めている。
金氏一族は、漢拏の血統の拡大を防ごうと躍起になっている。国境線に鉄条網を張り、容赦なく銃を撃つ。金正恩が突如「大韓民国の連中」「戦争」うんぬんと言い、「統一はない」「同じ民族ではない」と言うのも、住民らの「大韓民国への羨望」を早いうちに元から遮断しようとしているのだ。「平壌と地方の格差緩和」で住民の懐柔も始めた。大韓民国と漢拏の血統が、白頭の血統の悪あがきを超えていくことを望むばかりだ。
楊相勲(ヤン・サンフン)主筆