金正恩(キム・ジョンウン)総書記が「南朝鮮」ではなく「大韓民国の連中」という表現を使い始めたのは驚くべきことだ。「大韓民国」という名はタブーだった。彼らなりの外交戦略があるのだろうが、このだしぬけな政策変更は、北朝鮮社会の悲惨な実情という内部的要因も一つの背景だと思う。金正恩が、同じ会議で「平壌と地方の格差解消」という異例の指示を行ったことも、そうした内部的要因の存在をうかがわせる。
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脱北者らの話を聞いてみると、平壌と地方は「別の国」だ。平壌の特権層は、フランスのブランド品を身に着けてしゃぶしゃぶを食べる。平壌の一般住民も、韓国の1980年代程度の生活はするらしい。ところが平壌の外で生きる2000万人は、韓国の60-70年代にも及ばぬ暮らしをしている。北朝鮮のエリート出身の脱北者は、「苦難の行軍(90年代)」当時、北朝鮮軍の高位の将官から「人民の12%が餓え死にして党員も死んでいる」という話を聞いたという。当時の北朝鮮の人口が2500万人だとすると、300万人が餓死したというわけだ。筆者は一時、この数字が信じられなかったが、大勢の脱北者の話を聞いた今では信じるようになった。
この時期以降、平壌外の北朝鮮は地獄と化した。今、北朝鮮の企業所の平均月給は、現地通貨で2000ウォン程度だが、実効レートは1ドル(約150円)3000ウォン。200ウォンで鶏卵が2個買える。だがこの月給すら「もらったことがない」という脱北者が大多数だ。食料の配給が途絶えて既に久しい。住民らは「ヒツジは死に絶え、キツネ(目ざとい一般住民)とヤマイヌ(党幹部)だけが残った」と言う。キツネたちは、食べられるありとあらゆる物にとどまらず、食べられないものまで食べる。傷んだ物を食べるのは当たり前で、歯磨き粉をちょっと一緒に添えれば大丈夫だと信じている。歯磨き粉がない人は、泥も一緒に食べるという。持っている物を売り、盗み、飢えながら、粘り強い命をつないでいく。ある脱北者は「洪水でブタと人が流されてきたので、人々はブタを水から引き上げた」と言った。ヤマイヌたちは、このキツネたちを弾圧し、食い物にして生きる。賄賂がなければできることはなく、賄賂があればできないことはない。平壌の特権層の子どもらは、賄賂を出して軍隊にも行かない。
生と死は紙一重だ。栄養失調に加えて衛生状態がめちゃくちゃなので、風邪をひいて死ぬこともある。人間とイヌの排せつ物が散らばっている。患者が市場で麻酔薬・消毒薬・包帯・抗生剤などを自弁して病院に行かなければならない。麻酔なしの手術も横行している。ある脱北者は「妻の出産の陣痛がひどくて病院に行ったら、医師が『薬と道具を買ってこい』と言った。夜中だったので市場も立っていなかった。さまよい歩いて戻ってきたら、冷たい鉄のベッドに妻と血みどろの赤ん坊が放置されていて、医師は行ってしまった。そのとき、脱北を決心した」と語った。北朝鮮軍の看護師出身の脱北者は「韓国に来て私は、自分の血液型を知らないという事実を知った」と語った。平壌の外の住民で、血圧を1回でも測ったことのある人間はほとんどいないらしい。生理がきちんと来る女性兵士は北朝鮮軍にはいないとされるほどで、陸軍では半数前後が栄養失調だという。ある脱北者は「子どもが10年ぶりに除隊してきたが、40キロもなかった」と語った。