尹前大統領の発言は、戒厳令は大したことではなかったという趣旨で無罪を主張するものであるため、割り引いて聞くべきだが、それでもひどすぎる。呂寅兄(ヨ・インヒョン)元国軍防諜司令部司令官については、「この防諜司令官というヤツは捜査の『ソ』の字も知らない。いくら野戦通だとしても、どうしてそんなヤツが防諜司令官をやるのか」と発言した。この動画は数日後、呂氏の前でそのまま再生された。戒厳の遂行が不可能だと言ってひざまずいた将官を「ヤツ」呼ばわりするなんて。国家情報院の洪壮源(ホン・ジャンウォン)元次長からは「被告は部下に責任を転嫁するのか」とまで言われた。些細な犯罪者であれ大統領であれ、無罪を主張する権利はある。しかし、政治家の逮捕と国会と選管に軍を出動させた責任を国防部長官や部下に転嫁する姿からは前職大統領の品位や自尊心は見いだすことができなかった。
戒厳準備ができていなかったという呂氏の釈明も鵜呑みにはできないが、呂氏が証言する当時の状況からみて、大統領と軍はこんな状況でいいのか、目の前が真っ暗になる。大統領の戒厳談話を見てどう思ったのかという質問に、呂氏はため息をつきながら「私は当時スリッパを履いてしたが、軍靴に履き替えて指揮室に向かった。当惑していた」と語った。防諜司令部の要員が逮捕対象はジャーナリストの金於俊(キム・オジュン)氏ではなくトロット歌手の金浩仲(キム・ホジュン)だと思っていたという話はうそであることを願うばかりだ。
尹前大統領は。そして、裁判を通じて罪を償うことになろう。しかし、尹前大統領は前職大統領という過去形ではなく、現在進行形の事案だ。民主党は尹前大統領が来年1月に釈放されると危機感を吹き込み、「内乱の完全終結」を選挙の際に主張するだろう。国民の力は「尹アゲイン」と「尹ネバー」の両勢力が衝突して大騒ぎだ。民主党は今後数十年、尹前大統領の話を蒸し返すだろうし、国民の力はこのままでは看板を下ろすしかない。
それゆえ、もっと多くの方に尹錫悦裁判を見てほしい。一人に無限の権力を与える大統領制がどれほど脆弱なのか、韓国軍と公職社会がどれほど脆弱なのかを目の当たりにすることができる。野党は「体制戦争」のような観念的論争を明け暮れる時間があれば、裁判を見ながら答えを探さなければならない。 民主党とて対岸の火事ではない。数年後に再開される別の前職大統領の裁判にどう対処するのか、参考すべきことは少なくない。尹錫悦裁判は過去を鑑にして未来に誤りを犯さないための「現代版」懲毖録(編注:柳成竜が壬辰倭乱ついてまとめた史書)だ。
鄭佑相(チョン・ウサン)論説委員