政権が変わるとなぜ「いなかったスパイ」が捕まるのか【朝鮮日報コラム】

文在寅(ムン・ジェイン)前政権のスパイ検挙数は過去最低

スパイが本当に存在しなかったのではない、存在しないとして逮捕しなかっただけ

 暗号解読のプロセスも劇的だった。国家情報院はS氏のパソコンを押収したが、1カ月半にわたり暗号コードを発見できなかった。ある日の深夜、「rntmfdltjakfdlfkeh…」と記載された文字列が文書ファイル確認作業をしていた担当者の目にとまった。キーボードをハングルに変えてこの英文を打つと「真珠は三斗でもつないでこそ宝だ(玉磨かざれば光なし)」という言葉が出た。鍵を見つけだした瞬間だった。国家情報院は北朝鮮が機密情報を送る際のステガノグラフィー(データの中に別の情報を埋め込んで隠蔽(いんぺい)する技術)まで解析に成功したのだ。

 暗号解読で明らかになった90件以上の指令は衝撃的だった。北朝鮮は青瓦台など国家機関の送電網システム、華城と平沢の軍事基地、発電施設やエネルギー関連施設などに関する機密情報の収集を指示していた。「民主労総建設産業連盟の組合員らを取り込んで資料を確保せよ」などとその方法まで伝えていた。国内外で大きな事件が発生すれば、そのたびに政治的な指令も下されていた。福島原発汚染水問題では「反日民心をあおり日本のやつらを刺激せよ」、梨泰院雑踏事故では「セウォル号のように怒りを噴出させる契機とせよ」などの指示があった。

 S氏らは金正恩(キム・ジョンウン)総書記に対する忠誠の誓いも5回作成し北朝鮮に送付していた。その内容は「敬愛する金正恩同志」「首領様と将軍様の思想を光り輝く形で継承」「代を受け継いで決死擁衛する」などだ。北朝鮮にとどまるべき主体思想の奴隷たちが韓国の巨大労働団体に身を隠しスパイとして暗躍していたのだ。文在寅前政権の傍観とけん制を受けながらも、執拗に追跡を続けた国家情報院担当者の献身的な仕事がなければ解明できなかった事件だ。

 政権が変わったとたんに、これまで存在しなかったスパイが突然発生するなどあり得ない。スパイがいなかったのではなく、捕らえなかっただけだ。文在寅前政権当時、国家情報院では現場の担当者がスパイ捜査報告書を提出すれば、幹部らは休暇などを口実に決裁しないことがよくあったとの証言もある。重要な文言を削除し捜査を妨害するケースまであったという。それだけではない。共に民主党は国家情報院のスパイ捜査権を剥奪(はくだつ)する法案まで強行採決した。もしこの法律が数年前から施行されていれば、民主労総のスパイや昌原・済州のスパイグループはその存在さえ永遠に分からなかったかもしれない。

 戒厳令を「大韓民国を破壊する犯罪」とし、憲法守護を訴える共に民主党はどういうわけかスパイ問題ではあいまいな態度を取ってきた。今の弾劾政局の渦中に改めて共に民主党の「過去」を思い起こしたという国民も多い。

朴正薫(パク・チョンフン)論説室長

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  • ▲昨年11月にスパイ容疑で起訴された全国民主労働組合総連盟(民主労総)元幹部の一審宣告が行われた水原地裁前で、国家保安法廃止を訴えながら公安政局造成を非難し抗議する民主労総の関係者/ニュース1

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