被害者のための復讐【萬物相】 2004年密陽女子中学生集団性暴行事件

 クリント・イーストウッドが主演した映画『ダーティハリー』は私的な復讐(ふくしゅう)世界を扱った作品だ。文明国の米国で、なぜ法の枠を超えた復讐が行われ、世間の共感も得られるのかを、米国社会の闇世界の話の中に溶け込ませた。シリーズ第5編の中で、男性6人が集団で性的暴行を加えても法の網をくぐり抜けるシーンが出てくるが、被害者女性が復讐に乗り出す4編は特に大きな喝采を受けた。

 韓国のドラマや映画の中でも復讐代行業を営む『復習代行人~模範タクシー』や、死んで当然な者たちを選んで殺害する殺人者が英雄として登場する『殺人者Οナンガム(邦題:殺人者のパラドックス)』などがヒットするのを見ると、「法は遠く、拳は近い」といった認識が少なくないようだ。先日、児童性犯罪者チョ・ドゥスンを家まで訪ねていき暴行を加えた20代の青年が拘束されると、関連記事に「義人を助けたい」「口座番号を教えてほしい」といったコメントが殺到した。帰宅中の女性を尾行し、回し蹴りを加えた「釜山回し蹴り事件」の犯人の身元を公開したユーチューバーも同じように歓待を受けた。

 あるユーチューバーが20年前の「密陽女子中学生への性暴行」事件の加害者の身元を相次いで暴露した。2004年、高校生44人が女子中学生に対し1年間にわたって集団で性的暴行を加えた犯罪だ。加害者のうち10人だけが起訴され、一部が保護処分を受けただけで、誰一人として刑事処罰を受けなかった。被害者は精神的衝撃で学業を中断し、今も正常な社会生活ができていないのに、加害者たちは大学を出て就職もしながら元気に過ごしているという事実が公憤を買った。

 腹立たしいことだが、だからといって私的制裁が許されるわけではない。人類の司法制度は私的制裁を禁止する方向に向かって進化してきた。高麗時代に私的復讐を許容したところ、「悔しくて復讐した」としておのおのが正当性を主張するなど暴力がまん延したことで、個人的復讐を再び禁止したという苦い歴史もある。今日もさまざまな副作用をもたらしている。今回の加害者暴露の件だけでも、事件と関係のない女性が加害者のガールフレンドと名指しされ、ひどい目にあった。ユーチューバーが被害者から公開してもいいという許可を取り付けたわけでもないという。このため、被害者救済よりもユーチューブのチャンネル登録者数を増やすことに社会的公憤を利用したのではないかと指摘する声が上がっている。

 古代ハンムラビ法典は「目には目を、歯には歯を」という復讐法で有名だが、要は報復を助長するのではなく、国家が復讐を代わりに実行することで、大きな混乱を防ぐことにあった。数千年前にも知っていた道理が今も揺らいでいるのは、法が被害者をまともに保護できていないためだろう。不十分な断罪や司法処理の遅延が、私的制裁という退行を招くという事実を、今回の事態でかみしめることになった。

金泰勲(キム・テフン)論説委員

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