ビラが心理戦の手段として本格使用されたのは第1次世界大戦の時からだ。補給難に苦しんでいた多くのドイツ軍兵士が連合軍の降伏勧誘ビラに動揺し、投降した。第2次大戦時に連合軍は、飛行大隊を動員して、降伏要領を記したビラをばらまいた。アイゼンハワーが署名した命令書、という形態だった。ドイツ軍は命令されるのに弱いという点に着眼した。ビラは80億枚を超えた。日本に空襲予告ビラをまくと避難の行列が続き、軍需工場が止まった。「紙の爆弾」と呼ぶに値する存在だった。
6・25戦争時に韓国軍・国連軍は25億枚のビラをまいた。投降すれば安全を保障するという内容だった。休戦後、北は体制誇示用のビラを散布した。派出所にビラを持っていくと学用品と交換してもらえた。国力が逆転した後、対北心理戦は韓国側の武器となった。天気予報が最も効果的だった。最前方で「人民軍の皆さん、あしたは雨傘を準備してください」と放送した。翌日本当に雨が降ると、北朝鮮軍は「メンタル崩壊」に陥った。韓国人にとっては日常的なことだが、北朝鮮軍の立場からすると韓国の体制の優越性を痛感させるものだった。
冷戦の真っ最中、ミュンヘンにあった米国のラジオ・フリー・ヨーロッパ(RFE)は、35万個の風船を東側に飛ばした。共産党の圧制を風刺・批判する数億枚のビラが東欧にばらまかれた。共産政権は競って撃墜しようとした。住民の動揺が深刻だったのだ。後日、「風船が鉄のカーテンを貫いた」という声が上がった。韓国の民間諸団体の対北ビラ散布はこれをモデルにした。ビラには金日成(キム・イルソン)の偽りの抗日運動、北朝鮮の後進性などを暴露する内容を記している。韓流コンテンツを収めたUSBメモリー、カップラーメン、1ドル札をくくり付ける団体もある。ライター、ボールペンなどを見て感嘆した北の住民・軍人は無数にいる。これに接して脱北の考えを強めたと語る脱北者は多い。
国民を食わせることができない北の政権は、真実を記した対北ビラを最も恐れる。「伝単に含まれていた物を食べたら死ぬ」と宣伝し、実際に対北ビラと一緒に飛んできたラーメンや砂糖に毒を入れて山や野原に置いている。これで死んだ住民や軍人が実際にいるという。「ライターを着火させたら爆発する」と宣伝するので、ライターを拾った軍人は何度も岩に投げ付けてみたという。北は、対北ビラを通してコロナウイルスがやって来るという、でたらめな主張も行った。
5月28日の夜、京畿道で「空襲予備警報」のショートメールが発信された。夜が明けてみると、家畜のふん尿、たばこの吸い殻、紙くずを詰めた北の風船だった。韓国各地で300個近く見つかった。「×ビラ」「本物の化学戦」という声が上がった。これまで金正恩(キム・ジョンウン)の非理性的指示は多かったが、これほどではなかった。こんな指示がそのまま実行されるのが北朝鮮だ。
李竜洙(イ・ヨンス)論説委員