韓国「映画政治」のネロナムブル【萬物相】

 2012年、米国大統領選挙を前に現地で封切りされた『2016: Obama’s America』は、露骨な反民主党映画だった。オバマが再選に成功したら、それでなくとも左派政策に揺さぶられている米国が決定打を浴びる、という保守派の主張を盛り込んでいたが、根拠は薄弱だった。4年後、親民主党の映画人らが反撃に出て作った作品が『The Purge: Election Year』(邦題『パージ:大統領令』)だ。怪物と化した保守政治家が革新系の国民を殺害するという荒唐無稽のホラー映画で、トランプを怪物になぞらえた。どちらも低水準の作品だったが、陣営の支持に力を得てスクリーンで上映され、ヒットにも成功した。

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 韓国において映画と政治の関係は、米国よりさらに密接だ。正式な分類ではないが、忠武路の映画街には「大統領選用映画」「総選挙用映画」がある。選挙前に政治色の濃い映画を封切りすれば集客に有利、ということで生じた現象だ。盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領をモデルにした『弁護人』や、光州事件を題材にした『タクシー運転手 約束は海を越えて』、12・12粛軍クーデターを下敷きにしている『ソウルの春』などが、1000万人の観客を動員してヒットした。いずれも、進歩(革新)系の民主党が得をした映画だ。そうやってこそいい稼ぎになるというのが、韓国映画界の公式だという。この動向が甚だしくなり、文在寅(ムン・ジェイン)元大統領は映画を見て脱原発を決心したともいわれた。

 2月9日から配信が始まってグローバルランキングで4位にまでなったネットフリックスドラマ『殺人者のパラドックス』が、政治的な論争に巻き込まれた。ドラマに登場する悪役、「ホン・ジョングク会長」のキャラクターが李在明(イ・ジェミョン)民主党代表に似ているというのだ。李代表の支持者らが反発して不買運動を行うなど、論争が続いている。

 このドラマの原作は、2010年から11年にかけて連載されたウェブ漫画だ。当時の李代表は今のような人物ではなく、当然、ウェブ漫画の作家が意識することもなかった。ところが、原作では「ヒョン会長の孫娘」としか出てこないキャラクターが、ドラマでは「ヒョン・ジス」という名前付きで登場する。その名前から、李代表の「兄嫁罵倒事件」を連想したという反応がある。ヒョン会長が収監された後、外部から差し入れられたすしを食べる場面は「法人カード流用を念頭に置いたものではないか」という指摘もある。だが大部分の内容は、およそ10年前から原作にあったものだ。

 韓国では長年、「進歩左派寄りの作品を作ってこそ商売になる」というのが映画やドラマの不文律だった。一稼ぎしようとする制作者・監督らと進歩政界が、「映画政治」でまるでコラボしているかのようだった。ところがドラマ『殺人者のパラドックス』は、事実が何であるにせよ、その反対側の趣向に合う作りだということで、むしろ関心を引き付けた。『ソウルの春』には熱狂するのに『殺人者のパラドックス』は猛烈に非難するというのも、ネロナムブル(ダブルスタンダード)だ。映画政治の風土も少しは変わるのかと思う。

金泰勲 (キム・テフン)論説委員

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  • ▲イラスト=李撤元(イ・チョルウォン)

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