『BEEF』は「憤怒する人間」というテーマを掘り下げる過程で、視聴者に神話と古典、現代音楽を融合させるという豊かな文化共有経験をさせてくれる。「欠乏が怒りを呼ぶ」という問題意識は、古代ローマの詩人、オウィディウスの叙事詩『変身物語』に登場する「ユーノーの怒り」につながる。女神のユーノーは浮気におぼれる夫のユピテルが人間の女性と一緒にいるところを最初は見なかったことにしてやり過ごすが、女性が妊娠すると欠乏感に襲われる。「あなたが隠密な情事で満足していたとすれば、私の結婚のベッドに影響を及ぼさなかったはず。でも妊娠までいった。そんなことは私ですらまだ起きていないのに」と怒りに包まれながら女性に死の罰を与える。
ダニーがエイミーの豊かさを羨ましがると、エイミーは「永遠に存在するものなどなくて、全てのものは消えてなくなる」として「人間は自分のしっぽを食べるヘビにすぎない」と言う。「一見、成功したように見えるが、そのせいで自分の人生を食いつぶしてしまった」というエイミーの自覚は、ギリシャ神話に登場するヘビ、ウロボロスの話にちなんでいる。1990年代に結成されたロックバンド、フーバスタンクのヒット曲を聴かせ、シルビア・プラスの詩を詠み、20世紀の著名な米国の小説家ジョセフ・ヘラーの小説でおしゃべりもする。死闘を繰り広げた末に互いの体の中に入り込んで内面を知るという幻想的な経験をして、ついに二人は「あんなに恨んでいたあいつは、もう一人の自分だった」と悟る。昨年春にドラマが公開されると、米ABCニュースは「エミー像をよく磨いておいて」と早々に受賞を予告した。西欧の長きにわたる文化的蓄積を探索し、優れた腕で苦労の末に融合させた東洋人監督と俳優たちの苦労を認めたのだ。
ドラマの第10話のタイトルは『光の形』だ。「悟りというのは光の形を想像するのではなく、暗闇を知ることで訪れる」というスイスの心理学者、カール・ユングの文章を引用している。イ・ソンジン監督も、主人公を演じたスティーブン・ユァンとアリ・ウォンも、東洋人にとっておなじみのストーリーとハリウッドが何度も強要してきた役割から抜け出すという冒険を選んだかからこそ、エミー賞の最も高い場所で輝くことができたのだろう。
キム・テフン論説委員