相次ぐ余震も恐怖をもたらしている。記者が2日午後に輪島市に到着し、車からしばらく降りて周囲を見回していた時も地面が大きく揺れた。震度2-3はありそうな地震が何度も起こった。NHKによると、地震発生から2日夜10時20分までの時点で能登半島では震度2以上の地震が191回観測されたという。震度とは日本の気象庁が独自に定めた地震の揺れの大きさのことで、地震が起こった場所で人や物が揺れる程度を示す相対的概念だ。たとえば震度2は部屋の中の照明が揺れる程度を意味するという。1日に石川県で起こった地震の震度は「立っていられず、何かにつかまらないと移動もできない」とされる震度7を記録した。
日本は地震が多いため、日本人は災害に遭っても落ち着いて行動するが、それでも今回の地震はその日本人にとっても大きな恐怖だったようだ。石川県南部の小松市のコンビニでは恐怖を感じた住民が商品を買い占めたため、水や食パンなどが売り切れとなり棚には何もなくなった。小松市では家屋の崩壊などは起きなかったが、それでも今後予想される新たな地震を恐れ、住民が食料品などを大量に買い込んだため商品がなくなったのだ。
石川県輪島市、珠洲市、七尾市などの主要な病院にはどこも多くのけが人が搬送されているが、突然の断水で手術や人工透析などに支障が出ているため、県に急きょ給水車の派遣を要請した。能登総合病院の関係者は2日「相次ぐ余震で棚から品物が落下し、また漏水によって医療機器が浸水してしまった」「手術に使う水がまず何よりも必要だ」と訴えた。断水が起こった地域では市役所などの前に水を求める数十人の住民が長い列を作る様子がたびたび見られた。輪島市の能登空港では滑走路の5カ所に全長10メートル、深さ10センチほどの亀裂がみつかり、500人以上が今も孤立した状態だ。空港関係者は「空港は4日まで閉鎖され航空機は運航しない。そのため復旧に必要な人材が来られず閉鎖は長引きそうだ」と述べた。
道路が破壊され物資の輸送も難しいことから、食料などの備蓄が底をついて避難している住民の多くは1日夜から何も食べていない状態だという。現地メディアが伝えた。現地に向かう道路のほぼ半分が地震で亀裂が入るか完全に崩壊したため、道路を使った物資の輸送は事実上不可能な状態にあるからだ。
岸田文雄首相は2日「能登半島の劣悪な道路事情を考慮し、船を使った物資の支援を本格的に始めたい」との考えを明らかにした。岸田首相は「建物の崩壊などによる被害者を少しでも早く救出しなければならない」として自衛隊員、警察官、消防隊員などを総動員する大規模な救助作業を指示した。富山新聞は同日「石川県内には全国18の都道府県から消防車546台、防災ヘリ9機、消防官2035人が派遣され、いずれも緊急救助や消火活動などに投入される」と報じた。陸上自衛隊も1000人以上の隊員が能登半島とその周辺に派遣され、被害状況の確認と同時に救助活動を続けている。
輪島市(石川県)=成好哲(ソン・ホチョル)東京支局長