「こちこちに凍った豆満江の氷上に一人の女性の死体が置かれていました。でも中国も北朝鮮もそれを片付けないんですよ。多分2週間以上氷の上にいたと思います」
数カ月前に会った脱北者Aさんは、約10年前の光景を思い出して身震いした。北朝鮮・中国国境の豆満江は水深が浅く川幅が狭い上、冬には凍結することもあり、脱北の主要ルートだった。銃を持った警備兵が守っているが、自由への意志をくじくことはできないようだ。Aさんも豆満江を渡って脱北した人物だ。しかし、彼が目撃した女性は彼ほど運が良くなかった。どういうわけか彼女は途中で倒れ、そのまま凍死してしまったのだ。
【写真】2018年、尹美香氏の夫の招きで慰安婦被害者保養施設を訪問した中国の北朝鮮レストラン「柳京食堂」従業員たち
しかし、彼女が豆満江を渡ることに成功したとしても、望んだような自由を得ることは難しかったかもしれない。中国に渡った脱北者の前には多くの危険が潜んでいるが、最も恐ろしいのは脱北ルートに潜んでいる中国の公安だ。脱北者を難民ではなく不法移民と規定した公安は、脱北民を逮捕すると強制送還してしまうという。そうして北朝鮮に連行された脱北者を待っているのは刑務所や政治犯収容所への収監、即決処刑などだから、北朝鮮住民にとって脱北は命懸けの博打だ。
現在中国には脱北者2000人余りが拘束されているというが、先日杭州で開かれたアジア大会が終わるや否や600人を突然北朝鮮に強制送還したという。こうした状況下で、韓国国会が11月30日の本会議で「中国は脱北者の強制送還を中止せよ」という決議案を採択したことは、人道主義的な観点から大きな意味がある。議員260人のうち253人が賛成したので、いつも対立していた与野党の声が久々に一つになった。
問題は至極当然に思える決議案に賛成票を投じなかった議員が7人もいるということだ。このうち民主党の白恵蓮(ペク・ヘリョン)議員は電子投票機のエラーで棄権扱いになったとし、「訂正できず申し訳ない」と謝罪したが、残る6人はこれまで何の釈明もしていないため、自身の考えに基づき投票をしたとみられる。偽装離党で知られる閔炯培(ミン・ヒョンベ)議員をはじめ、金禎鎬(キム・ジョンホ)議員、辛正勲(シン・ジョンフン)議員が民主党所属で、それ以外に正義党の姜恩美(カン・ウンミ)議員と進歩党の姜聖熙(カン・ソンヒ)議員も棄権し、強制送還に賛成する意思を表わした。とりわけ注目すべき人物は尹美香(ユン・ミヒャン)議員だ。
慰安婦被害者を利用して貯めた資金を横領して有罪判決を受けたことはそういうこともあり得よう。苦しい生活で娘を米国に留学させなければならず、カルビを食べて足マッサージまで受けようとすれば、横領の誘惑を感じることもあるだろう。しかし、脱北者の強制送還糾弾に棄権票を投じたのはあんまりだ。100年前に慰安婦被害者が経験した苦痛に共感するという人間が、脱北者が直面した悲惨な現実に背を向けるというのは、いったいどう説明すればよいのか。
ここに利害のきっかけを提供したのが、まさに林秀卿(イム·スギョン)元民主党議員だ。林氏は大学生だった1989年、当局の許可も受けずに北朝鮮に行き、45日間滞在したおかげで「統一の花」と呼ばれ、結局比例代表で国会議員にまでなったが、彼女は記念写真を撮ろうとした脱北者B氏に次のような暴言を吐く。「礼儀知らずの脱北者が転がり込んできて、大韓民国の国会議員に抵抗するのか。あなたはあの(与党議員の)河泰慶(ハ・テギョン)と北朝鮮の人権がどうだというおかしなことをしているわね。大韓民国に来たら黙って静かに暮らせ。この変節者め。身辺に注意しなさい」