小説家・河成蘭(ハ・ソンラン)の短編小説『カレー・オン・ザ・ボーダー』は半地下の部屋で暮らす人々の物語だ。「部屋には日の光が入らなかった。(中略)地下の部屋は地上から階段にしてたった10段、下だった。それでも彼女が想像できない暗闇が広がっていた」。 2020年現在、韓国全体で32万世帯が地下か半地下部屋で暮らしている。その90%が首都圏に集中しており、ソウル在住の全世帯では100世帯に6世帯が暮らしていることになる。そうした半地下部屋の暗闇を、日当たりの良い部屋で暮らす人々が想像するのは難しい、とこの小説には書かれている。小説の主人公は家の中に充満するカビ臭を消そうとカレーを作る。においをなくそうとカレーを作っているなどと誰が想像するだろうか。
「半地下部屋」「屋上部屋(建物の屋上などに建てられた簡易住宅)」「考試院(受験勉強などのための簡易宿泊施設)」の3つを合わせて「地屋考(チオッコ=韓国語で『地獄苦』と同じ発音)」という。韓国の劣悪な住環境を象徴する単語だ。その中でも半地下部屋は最悪と言われている。映画『パラサイト 半地下の家族』に出てくる主人公・ギテク一家の半地下部屋は、壁紙がカビと水のしみで汚れている。外から部屋の中が見えて、道路の排ガスや騒音、立ちション便の悪臭が入ってくるので窓は閉めておく。湿気が多く、換気ができないので、虫もわく。最近は半地下でもきれいな部屋が増えたとは言え、それでも本質的な環境の劣悪さは避けられない。
半地下部屋生活で最悪の苦痛は浸水被害だ。階段に沿って水が流れ込み、部屋が水浸しになる。トイレでは汚水が逆流する。『パラサイト 半地下の家族』のギテク一家は消毒薬散布車が近くに来ても、窓を閉めるどころか、全開にする。害虫が多くて苦労しているので、しばらく消毒薬のにおいを我慢する方を選ぶのだ。そこまで我慢をしていたのに、洪水で雨水が首の高さまで入ってくると家財道具も持ち出せずに脱出する。外信各社は今回の水害を報道する際、「banjiha」(パンジハ:半地下)と表現し始めた。「naeronambul(ネロナムブル:私がすればロマンス、他人がすれば不倫=身内に甘く、身内以外に厳しいこと)」に続き、苦々しい韓国語がまた一つ、加わった。
8日夜、集中豪雨がソウル市冠岳区新林洞の半地下部屋を襲い、40代の女性と小学校6年生の娘、障害を持つ女性の姉が死亡した。この家で一緒に暮らしていて、この事故の4時間前に入院した女性の母親にあてて送られた小学生の娘のテキストメッセージが明らかになり、多くの人が涙した。「おばあちゃん 病院でお散歩でもして、ご飯も食べて、元気になってね。たくさんお祈りしたから、心配しないでね」。
祈るということは、夢があるということだ。この小学生の女の子は両手を合わせて祖母が元気になって家に戻れるように祈った。将来、立派に成長したいという夢も見ていたことだろう。女の子の母親も1カ月前、姉のベッドと女の子の机を新しくした。家族の幸せな将来を望んでいたということだ。その日、不幸に見舞われた人々がいた場所は、私がいた場所だったかもしれない。夢が花開かずに枯れてしまったこの一家の悲劇が、これ以上繰り返されないよう祈る。
金泰勲(キム・テフン)論説委員