盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権で文化財庁長を務めた兪弘濬(ユ・ホンジュン)氏はこの恩津弥勒について「民間信仰に残っていた村の守り神のイメージを仏教的に作り直した土俗性がうかがえる」と評したことがある。奇跡でも起こしそうな怪力を持つその姿は、おそらく当時の民衆に希望を与えたのだろう。この仏像の作者は意図して当時の古典的な美的感覚を無視し、あえて個性的な姿を持たせたという見方もある。文化財庁は恩津弥勒を国宝とした理由について「型破りで大胆な美的感覚」「優れた独創性と完全性」を挙げた。
ある芸術作品の真価が後の時代になって認められるケースは決して珍しくない。17-18世紀の月壺(げっこ)もそうだ。形がでこぼこな上にあちこち欠けたところのある月壺は、ただの古ぼけたものとされてきたが、ここ数十年でその価値が改めて認められるようになった。生前に国立博物館長を務めた美術史学者の故・崔淳雨(チェ・スンウ)氏が「無心の美」と表現した月壺は、今回平昌オリンピックの聖火台として注目を集めた。美に対する人間の感覚は時代とともに変わっていく。しかし変わらない真理は月壺や恩津弥勒のように「独自の個性」が備わっているかどうかだ。