特に大きな圧力を受けたのがシンガポールだ。シンガポールにとって、中国は3番目の貿易相手国だ。その上、人口の多くが中国系のため、中国から「小さな中国」という扱いを受けることもある。2010年にベトナムで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)閣僚会合で、クリントン米国務長官(当時)が演説で南シナ海問題への本格介入を宣言したとき、中国の楊潔チ外相(同)は反論の演説をしながらシンガポールの外相をじっと見つめた。そして「中国は大きな国であり、ほかの国々は小さい。それがファクト(事実)だ」と述べた。だが、シンガポールはこうした圧力をはねのけ、ASEAN諸国と共に航行の自由という原則を貫いた。
インドは米中関係が複雑化する中で自国の価値を上げた。「中国をけん制する」という点で一致し、米国に一段と接近した。だがそうしながらも、米国の心変わりを常に懸念している。中国に対し「包容」と「けん制」の両面でアプローチする米国が、いつ中国との距離を縮め、インドに冷たくするか分からないためだ。
近ごろ国際政治が不安定に見える理由の一つは、米中関係が定まっていないためだ。両国の関係は冷戦時代の米ソ対決、あるいは19世紀末に軍備競争を繰り広げた英独関係をほうふつとさせ、一方で第2次世界大戦を前後して権力が英国から米国に移った時期をも思い出させる。米中関係が安定していないため、その間に挟まれた国々は、エビ・コンプレックスがないとしても不安にならざるを得ない。
南シナ海での自由な航行と飛行が国益にかなっているのに、米国と足並みをそろえない理由はない。だが米国は、米中のはざまで圧力を感じる国々の多くが、中国からの経済・軍事的圧力に弱いということを忘れてはならない。中国の強弁をけん制する努力は必要だが、関連国が米中対決で「反中連帯」に動員されるかのような気持ちを抱かないよう、配慮する必要がある。米中の間で選択を迫られているかのような負担を感じるのは、根強いエビ・コンプレックスのせいではなく、米国外交のビジョンが緻密(ちみつ)さに欠けているせいかもしれない。