■長期間にわたる認知症介護は負担大
認知症が自殺や殺人の主な原因となったケースは、メディアで報道されているだけでも毎年10件以上に上る。ソウルでは昨年8月、80代の男が3年前に認知症を発症した妻の口にガムテープを貼って殺害後、自身も睡眠薬を飲んで自殺を図った。また、同年5月には慶尚北道青松郡で認知症の妻を4年間世話してきた80代の男が、妻を車に乗せて貯水池に飛び込み、心中した。
認知症患者を抱える家族が最悪の選択に至るのは「認知症介護の苦しみから抜け出すことはできない」という負担が大きく作用しているとため、と専門家は話す。ほとんどの人は初めの数年間、認知症患者を手厚く介護するが、それが長期化して状態も良くならないと現実に絶望するというのだ。専門家によると、イトゥクさんの父親も自身の父親に続き、母親まで認知症を発症したことでひどく落ち込んでいたと思われるとのことだ。
認知症に起因する自殺・殺人事件について調べてみると、ほとんどが介護施設への入所を考慮に入れず、自宅介護しているケースが多い。イトゥクさんの父親も、自身の母親の認知症が重度になる前だった昨年初めまでは近所の福祉施設に一緒に通い、介護の負担を軽減していたが、母親の状態が悪化して移動が難しくなったことから、自宅介護に切り替えていたことが分かった。認知症相談コールセンターのチェ・ギョンジャ相談チーム長は「認知症患者家族の多くが『介護のつらさで死にたいほどだ』と訴えながらも、『介護施設入所だけは避けたい』と言う。親を介護施設に入れることを親不孝だと考えては駄目」と強調した。
今回の事件のもう一つの原因とされるイトゥクさんの父親のうつ病も、認知症介護に関係があると推定されている。漢陽大学医学部のキム・ヒジン教授は「介護を一人あるいは二人で抱え込むと、自分自身の生活や人生を維持するのは事実上難しく、社会的に孤立してしまう。うつ病になったり、軽度のうつ病がひどくなることが多い」と注意を呼び掛けた。