失望は懸念に、懸念は不安な現実に変化した。現代自は国内で輸入車に押され、シェアを徐々に落としており、米国での市場シェアも2年前の10%突破から今では8%台にまで下がってしまっている。ヨーロッパでもマイナス成長といった状態だ。1台の車を生産するのにかかる時間(30.5時間)が、米国の自動車メーカー(15.4時間)よりも長いにもかかわらず、人件費の占める割合(売り上げの13%)が高いのは、投資の余力を消耗させる一因となっている。1位のトヨタでも人件費の占める割合が10%にも満たないのだ。
失望や怒りの揚げ句、消費者たちが目を背けている。「現代自を買わずに輸入車を買う」という消費者が急速に増えているが、理由を聞けば納得できる。「現代自の貴族労組の懐を肥やすための馬鹿らしい行為はもう懲り懲りだ。私よりも年俸の多い現代自労組に対し怒りを覚える」。やがては現代自の不売運動に発展するのではないかと思われるほどだ。
現代自は世界で5位のメーカーだが、現代自の役員や労組員たちの努力や功労だけでここまでのし上がったとは、自分たちも思っていないだろう。国産車という理由から、海外で販売される現代自よりも高くても何ら不平を言うことなく購入し、サービスが劣っていても不満を言わずに乗り回し、ストが繰り返されることで納期がずれ込んでも我慢し、競争力を理由に単価が引き上げられても悪戦苦闘しつつ耐えてきた下請け業者の犠牲がなかったら、今日の現代自は夢にも見られなかったことだろう。
韓国人も買わないといっている車を、海外の消費者に「買って欲しい」と強要できるわけがない。国内基盤が崩れれば、海外で抜け者にされるのは時間の問題だ。「頭に来て現代自には乗りたくない」と言っている韓国人消費者たちの心をつかめなければ、10年後の現代自は今の現代自とは似ても似つかぬ姿となっていることだろう。それはすなわち国と会社双方にとって悲劇となる。