▲2018年9月に訪朝した当時の文在寅大統領が金正恩と共に、平壌5・1競技場で開かれた集団体操・公演イベントに出席し、手を振っている様子。文・前大統領は金正恩が「礼儀正しくて尊重を身に付けていた」と評した。/聯合ニュース
話題沸騰、ヒットに成功した文在寅(ムン・ジェイン)前大統領の回顧録の主題は、次の一文に要約され得る。「現実を抜け出した幻想の中の世界観」。本の出版日が、よりにもよって北朝鮮が東海に短距離弾道ミサイルを撃った日だった。射程300-1000キロなので対南打撃用であることは明らかだったが、回顧録は金正恩(キム・ジョンウン)について「核を使用する考えはない」と語ったと伝えた。金正恩が「核武力を動員した南..
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▲2018年9月に訪朝した当時の文在寅大統領が金正恩と共に、平壌5・1競技場で開かれた集団体操・公演イベントに出席し、手を振っている様子。文・前大統領は金正恩が「礼儀正しくて尊重を身に付けていた」と評した。/聯合ニュース
話題沸騰、ヒットに成功した文在寅(ムン・ジェイン)前大統領の回顧録の主題は、次の一文に要約され得る。「現実を抜け出した幻想の中の世界観」。本の出版日が、よりにもよって北朝鮮が東海に短距離弾道ミサイルを撃った日だった。射程300-1000キロなので対南打撃用であることは明らかだったが、回顧録は金正恩(キム・ジョンウン)について「核を使用する考えはない」と語ったと伝えた。金正恩が「核武力を動員した南朝鮮全領土平定」うんぬんと言っているにもかかわらず、文・前大統領は金正恩を「延坪島砲撃について申し訳ないと言う平和主義者」であるかのように描写した。
文・前大統領は、金正恩が「丁寧だった」と評した。叔父を銃殺し、兄を毒殺した独裁者を「礼儀正しく、尊重を身に付けていた」と記した。文・前大統領は「娘の世代まで核を頭に載せて生きるようにはさせたくない」という金正恩の言葉は本心だったと書いたが、その金正恩が、ミサイル発射のたびに娘を連れてきているニュースは見ていないようだった。金正恩がトランプに親書を送って「文在寅排除」を要求した事実が明らかになったにもかかわらず「米朝がわれわれの仲裁の努力を受け入れた」と書いた。事実とは懸け離れた主張に、一体どの星で生きているのかと思った。
現実と非現実を行き来する回顧録を読んでいて、平山村の私邸で飼われている「おかしな」ネコのことを思い出した。先の総選挙のとき、文・前大統領が李俊錫(イ・ジュンソク)改革新党代表を中傷するソーシャルメディアの書き込みに「いいね」を押し、人々の間でうわさになった。論争が大きくなると、釈明の過程で登場したのが問題のネコだった。聯合ニュースによると、文・前大統領側の関係者は「単純なミスでもあり得るし、愛猫が(タブレットの)近くで遊んでいてそうなったこともあり得る」と語ったという。説明に窮して、罪もないネコを引っ張り出したのだった。
平山村のネコが召喚されたのは、一度や二度ではない。2022年の退任直後にも、文・前大統領は李在明(イ・ジェミョン)代表を「ごみ」とののしるコメントに「いいね」を押して取り消した。少し後に文・前大統領は「ついに犯人を摘発」と題して愛猫の写真をアップロードし、ネコの仕業だったと主張した。その後も、李代表の「北朝鮮仮想通貨疑惑」記事、李代表を「サイコパス」と表現したコメントに「いいね」を押すことが続いた。繰り返される「李在明たたき」で推測が盛んに行われるようになると、親文の金南局(キム・ナムグク)議員が乗り出して「単純ミスや、愛猫のやったこと」と釈明した。しかし、そのネコがどういうわけで政敵を攻撃するコメントばかり選び出すのかは説明できなかった。
文・前大統領の理解し難い精神世界をストレートに狙い撃った人物が、ジョン・ボルトンだった。トランプ政権の国家安全保障担当大統領補佐官を務めた彼は、2020年に回顧録で、北朝鮮の核に関する文・前大統領の考えは「統合失調症患者のようだった」と記した。米国の「核廃棄先行」と北朝鮮・中国の「段階別保障」は両立不可能であるにもかかわらず、当時の文大統領は両方に賛成し、非現実的で矛盾した態度を見せた-と記した。
医学事典によると、統合失調症とは「現実と現実ではないものを区別する能力の低下を誘発する脳疾患」であって、幻覚・妄想が代表的な症状だ。もちろん、ボルトンは医学的病理診断を下したわけではないだろう。ボルトンの指摘は「暴言」論争も呼んだが、文・前大統領の現実認識を辛辣(しんらつ)にえぐった分析であることに違いはない。現職時も退任後も、国家的事案を見る公的認識のシステムに幻覚や妄想的要素が混じっているからだ。
政権の5年間、文大統領は現実無視の発言で休む間もなく韓国国民を驚かせた。「狂乱家賃」の暴風が吹き荒れているのに「不動産には自信がある」と言い、所得主導成長の逆効果が続出しているにもかかわらず「経済が正しい方向に進んでいる」と言った。最低賃金の引き上げが早すぎてよろめいている自営業者らの前で「前向きな効果が90%」と言い、蔚山市長選挙介入疑惑が浮上した後も「われわれの民主主義が申し分なく成熟した」と言った。
退任後も、「幽体離脱」言行は続いた。「忘れられる生き方をしたい」と言っていたのに本屋を開いて支持者らを呼び集め、自分の治績を収めたドキュメンタリーの主演として出演した。国をめちゃくちゃにした張本人が「5年間の成果が一瞬で駄目になってむなしい」うんぬんと言ったかと思えば、本の紹介に名を借りた「書評政治」で絶えずメッセージを発信した。自分の任期中にきちんと準備もせずに丸投げしたジャンボリー大会を「失敗」と非難して現政権のせいだと責任転嫁したのに「恥ずかしめを受けるのは国民の役目」と言った。
総選挙のときも、文・前大統領は釜山・慶尚南道を回って民主党候補の支援遊説を繰り広げた。同じ人間の中で、忘れられたいと言っていた人格と、忘れられたくないという別の人格が共存しているようだった。5月23日に行われた故・盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領の追悼式では、李在明・曺国(チョ・グク)代表などを座らせておいて「成果を早く出せ」と催促したという。野党側の「座長」役をするつもりらしかった。
文・前大統領の回顧録には「外交・安保編」というサブタイトルが付いている。経済編・政治編などが引き続き出版されるだろうという予告だ。われわれは、先の大統領選挙の政権審判で文在寅時代を終わらせたと思っていた。去っていったと思っていた元職大統領が、忘れられることを拒否してしつこく現実政治に口を挟む様子を、この先どれほど見なければならないのかと思う。
朴正薫(パク・チョンフン)論説室長
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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