裁判
韓国の民主主義を揺るがした国会・公捜処・憲法裁の「手続き無視」

尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領に対する弾劾審判と内乱罪捜査の過程は、山場を迎えるたびに手続き的な正当性を巡る論争を呼んだ。現職大統領を起訴したり罷免したりする司法手続きは、主権者である韓国国民が選挙で下した決定を覆す国家的重大事だ。どんな結果が出ても国民がうなずけるようにするには、その手続きとプロセスが適法かつ公正でなければならない。だが今回の事件は、ほとんど全ての段階で拙速、または違法・偏向との批判が絶えなかった。

専門家らは、与野党双方がこれまでになく司法手続きに深く介入したことで、陣営優先・結果万能・速度重視といった政界の後進的文化が司法制度の手続き的正当性まで毀損(きそん)した、と評している。民主主義を守る「最後のとりで」であるべき司法府すら、政治の論理によって揺さぶられている―というわけだ。
■「勾留取り消し、手続き的正義に対する国民世論を喚起」
裁判所の尹大統領勾留取り消し決定は、今回の事件の手続き的欠陥をはっきりとあらわにした。ソウル中央地裁刑事25部(裁判長:池貴然〈チ・グィヨン〉部長判事)は今月7日、尹大統領は勾留期限を超過した状態で起訴され、仮に勾留期限を超過していなかったとしても高位公職者犯罪捜査処(公捜処)に内乱罪の捜査権があるかどうか明確ではない、と判断した。孫鳳鎬(ソン・ボンホ)ソウル大学名誉教授は「公捜処は尹大統領を捜査する際に手続き的正義をきちんと順守しなかった。内乱罪の捜査権がなく、令状ショッピングを行ったという批判にもかかわらず、捜査を強行して論争を自ら招いた」とし「裁判所の尹大統領勾留取り消しは、手続き的正義に関する国民世論を喚起する契機になった」と語った。
こうした状況は、いわゆる「検捜完剝(検察捜査完全剝奪)」と共に2021年に公捜処が発足したときから予見されていた状況だ。当時、与党だった進歩(革新)系の「共に民主党」は、検察が曺国(チョ・グク)元法相の子女の入試不正など政権にとって都合の悪い捜査を行うや、きちんとした公聴会もなしに公捜処法案を拙速に通過させ、関係機関との円滑な意見交換も行わなかった。公捜処法の素性そのものが手続き的正当性を欠いたものだったのだ。政治的目的に基づいて発足した公捜処は、憲政史上初めて現職大統領を逮捕・勾留したが、結果的に西部地裁乱入事件を引き起こし、その勾留が取り消されるという混乱を呼んだ。
検事長出身のある弁護士は「検察と警察、公捜処が事態初期から競い合う中で、捜査の手続きはめちゃくちゃになった」とし「結局、文在寅(ムン・ジェイン)政権時代に行った捜査権調整が拙速だったからだ」と指摘した。
■憲法裁の弾劾審判は最後まで「拙速」裁判批判
「尹錫悦弾劾」のための速度戦は、憲法裁判所の弾劾審判の過程でも常に論争を呼んだ。「内乱罪撤回」問題がその代表例だ。国会側は、中心的な事由である刑法上の内乱罪を「撤回したい」と言い出し、尹大統領側は、当時「弾劾事由の80%が撤回されるのだから弾劾訴追そのものを却下すべき」と反発した。これについて、慶煕大学法学専門大学院の許営(ホ・ヨン)碩座(せきざ)教授=寄付金によって研究活動を行えるように大学の指定を受けた教授=は、尹大統領弾劾審判意見書で「弾劾訴追案の核心である『内乱罪』の部分を国会決議もなしに撤回するというは『詐欺弾劾』になりなねない」と主張した。だが憲法裁は「総合的に見てみたい」と言ったきり、宣告を目前にした現在まで、裁判の対象から内乱罪を外したのかどうか明かしていない。これもやはり被告人の防御権を侵害している、との指摘がある。
憲法裁は、ストップウオッチまで用意して時間を決めて証人尋問を行い、尹大統領の直接尋問は制限した。また、尹大統領側が韓悳洙(ハン・ドクス)首相を証人として申請したのに憲法裁がこれを棄却し、「拙速裁判」批判が起きるや、わずか3日後に再び採択するということもあった。
こうした出来事が積み重なり、憲法裁に対する韓国国民の不信は拡大した。韓国ギャラップが今年2月、全国の18歳以上の1004人を対象に行った世論調査では、「憲法裁を信頼していない」という回答の割合が前月(31%)より9ポイント増えて40%に達した。検事長出身のある弁護士は「政界の過度の介入も問題だが、弁論期日を一方的に指定するなど、憲法裁がこれに便乗して裁判を思いのまま引っ張っていくことも、国民は容易には納得し難いだろう」と語った。
■「今からでも、手続きを守って正当性を確保すべき」
専門家らは「憲法裁は今からでも尹大統領側が要求する適法な裁判手続きを最大限保障し、いかなる結果が出ても皆が首肯し得るようにすべき」と指摘している。李宗燁(イ・ジョンヨプ)元大韓弁護士協会長は「被請求人が防御権行使のための手続き的問題を提起する状況では、いっそう(弾劾審判が準用する)刑事訴訟法に基づいて裁判を進めるべき」とし「必要であれば裁判部が職権を用いてでも弁論を再開し、補完すべき点があるかどうかを問いただしてみるべきだろう」と語った。
長期的には、今回の事態であらわになった立法の不備を補完すべきだ―という指摘が多い。捜査権論争を呼んだ公捜処を廃止すべしという主張もある。次長検事出身の金鍾旻(キム・ジョンミン)弁護士は「欧州のように、独立機構に裁判官の人事権を持たせる『最高司法評議会』などの導入も検討してみる価値がある」と語った。
ただし、政界の捜査介入・裁判介入の試みは昔からあったことだけに、いかなる外圧に対しても原則を守ろうとする法曹人の姿勢が重要だ、という意見もある。検事長を務めた経験を持つある大物の法曹関係者は「政界がデリケートな事件の捜査や裁判に介入しようとすることは以前にもあった」とし「判事や検事自身がデュープロセス(適正な手続き)と法治主義を守ろうという使命感なく、外圧に揺らぐというのは、憲政思想面では法治国家を放棄するも同然」と語った。
ユ・フィゴン記者、パン・グクリョル記者