コラム
韓国は今、銃を持たない内戦状態だ【朝鮮日報コラム】
戒厳令事態後の政局で今起こっている現状をこれまで通りの「陣営間の対立」「与野党衝突」程度に考えているなら、それは現状を読み違えている。ソウル・漢南洞の路上で、光化門広場で、汝矣島の国会で、敵意に満ちた激しい対決の悪循環が今も続いているのだ。大統領公邸は鉄条網が張られた都心の要塞(ようさい)となり、流血事態の危機感も高まっている。妥協の糸口も見えない。一方が他方の息の根を止めなければ終わらない、文字通り心理的殺戮(さつりく)戦が各地で繰り広げられているのだ。
2019年の曺国(チョ・グク)事態当時も陣営対立は表面化した。しかしそれは権力側の実力者1人を巡る局地的な衝突だった。2016年の弾劾局面では朴槿恵(パク・クンヘ)大統領が受け身の立場を取り、政界も弾劾推進でほぼ合意したため大きな衝突はなかった。ところが今は尹大統領本人が自らの過ちを認めていない。戒厳については「反国家勢力剔抉(てっけつ)のための権限行使だった」として支持者に抗戦のメッセージを送り激しく抵抗している。
与野党は全面戦に突入した。野党は腕章を着けた占領軍のごとく振る舞いながら国家権力を掌握しようとしており、与党は「李在明(イ・ジェミョン)大統領就任プランにむしろを敷く(はびこらせる)ことはできない」と叫んでいる。野党の口から「大統領死刑」「銃を撃って逮捕」などぞっとする発言が相次ぎ、与党は「それでも李在明は駄目だ」と反撃している。広場で対峙(たいじ)している陣営対決は国のアイデンティティーを巡る価値観戦争に変わった。どちらも相手を「内乱勢力」「反国家・従北勢力」と呼んで共存不可能な相手とし、剔抉を叫んでいる。銃を持たないだけで、現状は事実上の内戦が起こっているのだ。
内戦の本質は「無政府状態」であり、国政は今それに向かっている。大統領の逮捕状を巡る混乱は公権力の中心が崩壊した現実をあからさまにした。大統領は逮捕状に応じず司法を陣営対決の領域に追いやった。その原因を提供したのは「政治」を前面に出す公捜処の強引な法の執行だった。公捜処は内乱罪の捜査権を巡る議論が解消されない状態で管轄のソウル中央地裁ではなく西部地裁で「逮捕状ショッピング」を行った。判事は差し押さえや家宅捜索の例外条項適用を排除する越権的な内容まで逮捕状に含め、混乱に油を注いだ。
大統領公邸ではバスの壁を挟んで公捜処と警護処が対峙する一触即発の事態が起こっている。公捜処が警護処幹部らを立件すると、尹大統領は公捜処と警察首脳部を告発した。公捜処が警察に逮捕状執行を押し付け、警察がこれを拒否する状況に至った。国家機関まで互いに対立・衝突し司法行政が完全に崩壊している。その過程で共に民主党は警察と公捜処を事実上指揮し、捜査を政治で汚染してしまった。
憲政の最後のとりでとなる憲法裁判所も批判にさらされている。李在明(イ・ジェミョン)代表の裁判が遅れているのとは対照的に、憲法裁判所は尹大統領弾劾案には「迅速」「公正」を語り、「週2回審理を行う」としてスピード感重視を宣言した。「弾劾訴追の理由から内乱罪を外す」という共に民主党の要求まで憲法裁判所が受け入れた場合、問題はさらに拡大するだろう。法治は国を支える大きな柱だが、これも実は今揺らいでいるのだ。法律の解釈と執行が陣営で異なり、憲政制度の信頼性まで疑問視されている。
今の内戦的状況は尹大統領が引き起こし、李在明代表が油を注いだ。戒厳の宣布と捜査拒否によって爆弾を投げたのが尹大統領であり、大統領選を急ぎたい思いから「内乱ごり押し」に突き進み、不確実性を増幅させたのが李在明代表だ。尹大統領を巡る問題の解決策は実は単純だ。憲法裁判所が公正な審理を約束し、警察が内乱の捜査権を引き継いで法律に沿って執行すれば、大統領もこれを拒否する大義名分がない。
今最も深刻なのは「無政府状態も辞さない」という共に民主党の暴走だろう。権限代行就任と同時に首相を弾劾し、ありとあらゆる人物に「内乱に加担」というレッテルを貼り混乱を拡大再生産している。「長官5人を弾劾し、国務会議(閣議)をまひさせてやる」だとか「(大統領逮捕に向け)棺を持って出ていく血気を持て」などと口にしながら流血をあおる発言まで飛び出し、さらには崔相穆(チェ・サンモク)権限代行まで内乱に同調したとして告発した。李在明大統領就任プランを実行するためなら経済がまひしようが、危機的状況になろうが全く関係ないというその無謀さには鳥肌が立つ。
まさに時を同じくして韓国で封切られた「シビル・ウォー アメリカ最後の日」は米国で内戦が起こるという設定の現実告発映画だ。2021年の国会議事堂での暴動で見るように、二つの陣営に分裂した米国もいつ爆発してもおかしくない状況にある。しかし米国には強固な自己防衛システムが存在する。国の中心をつかむエリートグループ、いわゆる「元老たち」に加え、危機的状況では政派を超越する政治家と司法が存在する。このシステムの力で極端な分裂を阻止し、衝突を回避してきたのが米国民主主義の250年の歴史だ。
しかし韓国に「元老」は存在せず、政治は政派性を帯びるばかりで、司法への信頼も弱い。そのため今の内戦のような混乱が今後いかなる結末を迎えるか。考えただけで一層恐ろしくなる。
朴正薫(パク・チョンフン)論説室長