▲2018年4月27日、韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩国務委員長が板門店の「徒歩の橋」で対話を交わしている様子。

 北朝鮮側と何かやってみたことのある人なら皆知っている経験則がある。「無料のものはない」ということだ。2000年に初の南北首脳会談の「裏金」として4億5000万ドル(現在のレートで約660億円。以下同じ)が渡ったのが始まりだった。当時、韓国政府関係者は「1ドルも渡していない」と言ったが、証拠が全部明らかになり、刑務所送りになった。そのころ、対北事業をやろうと訪朝した韓国側の企業関係者は「事業担保費」名目で1万ドル(約148万円)から5万ドル(約738万円)を支払わなければならなかった。一時、韓国のメディアが訪朝競争を繰り広げる中で巨額の裏金を支払ったことも、公然の秘密だった。

 07年の第2次首脳会談では、大規模な社会間接資本(SOC)投資の約束が北に与えるプレゼントだった。開城・新義州の鉄道や開城・平壌の高速道路の改補修、朝鮮協力団地の建設、開城工業団地第2段階、西海経済特区建設などに合意したが、履行しようと思ったら少なくとも数兆ウォン(1兆ウォン=約1092億円)が必要だった。「サンバンウル対北送金事件」も、19年に李華泳(イ・ファヨン)京畿副知事の要請で、下着大手サンバンウルが李在明(イ・ジェミョン)京畿道知事=当時=の訪朝費用を肩代わりしたというものだ。離散家族再会、芸術団公演に至るまで、全てに代価を要求するのが北朝鮮だ。

 ところが18年の南北ショーと非核化詐欺劇は、異常な状況であふれ返っているのに、明らかになったものはまだない。「ポフヨイス(pohjois)ミステリー」が代表的だ。pohjoisとは、フィンランド語で「北」を意味する。18年4月に板門店で当時の文在寅(ムン・ジェイン)大統領と金正恩(キム・ジョンウン)が会談した直後、産業通商資源部(省に相当。産業部)の公務員が、北朝鮮に原発を建ててやる案を検討して「pohjois」と「北原推」(北朝鮮原発推進)という文献を作った。この公務員は、監査院による月城原発1号機監査の直前、「pohjois」と「北原推」のファイルをひそかに削除し、理由を追及されると「神が降りてきたので」と答えた。「フィンランドの神が降臨せずに、誰も知らないpohjoisという単語をファイル名に使える人間がいるか」という声が上がった。何かを隠そうとしたのだ。

 「pohjois」には、北朝鮮の新浦に原発を建設する案、非武装地帯に原発を建てる案、新ハヌル原発3・4号機を完工させて送電する案などが含まれていた。そのころ、金正恩が「建設途中で廃棄された新浦軽水炉(原発)の現況を点検せよ」と指示したという外信の報道があった。新浦には、当時の徐薫(ソ・フン)国家情報院長が務めていたこともある。19年の新年の辞で、金正恩が妙に「原子力発電」を強調したこともあった。当時、文政権は、原発は危険だと言って月城1号機を早期閉鎖しようとしていた。そんなことをしておいて、裏では北に核兵器の原料の生産が可能な原発を建ててやろうとしていた状況があらわになったわけだ。当時、文政権は「アイデアレベルの内部検討資料に過ぎない」と言った。やらされてもいない仕事を文書化し、監査が迫るとこっそり消す公務員などどこにいるのか。

 18年3月、韓国の芸術団が平壌に行くときに文政権が飛ばしたチャーター機は、イースター航空のものだった。イースターの創業者は、文・前大統領の娘の海外移住を支援した李相稷(イ・サンジク)元議員だ。当時、チャーター機で「あるもの」を見たと証言している人がいる。19年1月、文政権は「漢江河口の海図」を北朝鮮に渡した、これは現在3級機密に指定されている。最近、北の住民が歩いて亡命してきた江華島一帯の水深や岩礁の位置などが書き込まれている。有事の際の「南侵案内図」になりかねない地図を渡したのに、何も問題はないのか。

 尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権が発足したとき、「対北積弊」から清算するだろうと期待した韓国国民は多かった。中国に軍事主権を放棄する「THAAD(高高度防衛ミサイル)3不」を約束した経緯も、まだ究明されていない。ところがどういうわけか、「利敵行為」疑惑が明らかにされる様子は見られない。大統領室は8月12日、安保室長・国防相交代の背景として「外部の安全保障上の脅威」に言及した。順序としては「内部の脅威」から整理するのが先だろう。

安勇炫(アン・ヨンヒョン)論説委員

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