▲イラスト=キム・ソンギュ

 韓国の大手企業A社の社員は、50代になっても役員やチーム長(部長などに相当)に昇進できなかった万年次長クラスを「エルダー(elder、年長者)」と呼ぶ。役員やチーム長を意味する「リーダー」にちなんだ表現だ。同社のチーム長クラスであるLさん(46)は「十数年前までは昇進に漏れた先輩社員がコンビニやチキン店を開業したり、納品業者を設立したりして、『第2の人生』を模索していたが、最近は定年まで耐えている」と話した。

 年は取っているが、職級が低いエルダーたちへの対応は職種によって異なる。事務職では40代後半の「リーダー」が50代「エルダー」に会計書類の検討など単純な業務を任せる方式で新しいトレンドに適応している。一方、上下関係が厳しい生産職では気まずい状況を少なくするため、エルダーたちを集めて品質検収などを担当する別のチームをつくっている。

 引退を控えて起業に挑戦するよりも、会社の垣根から出ないことを選ぶ50代の会社員が増えている。現在60代になった第1次ベビーブーム世代(1955~1963年生まれ)が50代だった当時、万年次長·部長生活をやめ、コンビニなどを開業したのとは異なり、現在50代の第2次ベビーブーム世代(1964~1974年生まれ)は会社の外で地獄を味わった先輩たちの姿を学習し、年下の上司の下で職場生活を続けている。

 韓国の統計庁と中小ベンチャー企業部によれば、正規職賃金労働者の平均勤続年数は昨年時点で98カ月となり、2004年の統計開始以来最長となった。平均勤続年数は第1次ベビーブーム世代の引退が始まった2015年には88カ月だったが、8年間で10カ月延びた。勤続年数が延びたことは、50代による起業が減ったこととも符合する。統計庁によれば、昨年個人事業主や法人の形態で新たに事業所を設けた50代は26万2877人で、2021年から3年連続で減少している。関連統計を取り始めた2016年(28万9138人)以降で最少だ。起業者全体に占める50代の割合も昨年は過去最低の21.2%だった。少額の資金で起業が可能なインターネット通販、個人メディアなどが増えたことで、20代の割合は13.7%、30代は25.0%で過去最高となった。

■「会社は戦場、外は地獄」

 IT系大企業で部長として勤続20年を迎えたKさん(47)は「定年退職する先輩社員がどっと増えた」と話した。10年前までは定年退職の公示は年に1、2回で、定年退職者数も1桁にとどまっていたが、最近は月に約10人ずつ定年退職者が掲示されるという。Kさんは「起業した先輩に会うと、『会社の中は戦場だが、会社の外は地獄』だというネットコミック『未生 ミセン』の台詞を引き合いに、起業をやめるよう説得される。先輩たちの説教は40~50代の同僚が会社で持ちこたえる原動力になっている」と話した。

 Kさんは「大企業でも厳しいのに、会社員を主要顧客とする自営業がうまくいくはずはないというムードが広がり、起業自体考えもしなくなっている。IT分野の起業も20~30代の社員が中心で、40~50代は万年次長・部長のままでも定年を迎えようという人が多い」と話した。50代の銀行員は「年齢的には遅いが、銀行に残って頑張ることの方が外部で生き残るためにもがくよりはましかもしれない」と語った。

 「自営業の社長」という選択肢を捨てた50代は、万年次長の身分を受け入れて職場で耐え忍ぶ。最近ある流通大手が希望退職を募集したが、応募者が数十人にとどまったという。この企業の社員は「1980年前後生まれの部門長が誕生しても昇進できなかった1970年代生まれの人が以前のようには辞めずに持ちこたえている。店舗の整理整頓担当に異動しても、子どもたちが幼く、『会社を出たところでこれといった手もない』という理由で適応して過ごす人が多い」と話した。

■銀行の希望退職、大幅に減少

 銀行業界はモバイル金融の拡大で実店舗を減らそうと、多額の退職金で希望退職を募ってきたが、希望退職ブームは去りつつある。KB国民、新韓、ハナ、ウリィの韓国4大銀行における今年上半期(1~6月)の希望退職人員は1496人で、昨年上半期(1729人)に比べ13.5%(233人)減少した。ある市中銀行の次長は「毎月通帳に入金される数百万ウォンの月給は数億ウォンの退職金より安心感があると考えるベテラン行員が多い」と話した。別の市中銀行のチーム長級行員(50代)は「50代後半に賃金ピーク制が適用され、月給が半分になっても残る行員が多い。遅い年齢で子供を持つケースが増え、50代になっても中高生の子どもを持つ人が多いが、子どもが成長する時までは銀行員の肩書きでいることを好む傾向もある」と説明した。

■退職しても企業ではなく転職

 1962年生まれのBさんは、5年以上大企業で「部長待遇」の生活をしていたが、2022年に定年退職した。同期や後輩がチーム長を経て、早い人で40代半ばから役員に昇進する中、Aさんは一度もチーム長になることができず、職級だけが部長待遇となった。会社では2年分の賃金を条件に希望退職の募集があったが、会社を離れなかった。Bさんの会社の後輩である40代の社員は「多額の退職金を十分な準備がない起業で一気に使い果たすよりは、安定した月給を受け取り、定年まで働く方がよいという『ロールモデル』を教えてくれた先輩だ」と述べた。

 職場で行き詰まっても、起業せずに他の職場でサラリーマン生活を続ける人も多い。あるファッション会社の人事担当チーム長(44)は「10~20年前までは万年部長・次長らが辞め、卸売業を営んだり、ショップを構えたりするケースが多かったが、最近は小さなブランドや新興ブランドに移籍し、ノウハウを伝授しながら、サラリーマン生活を続けようとしている」と指摘した。

鄭錫愚(チョン・ソクウ)記者、金智燮(キム・ジソプ)記者

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