▲愛読する月刊誌を手にする佐藤ヒデさん。2024年5月/岩手県=ソン・ホチョル特派員

 今年初め、日本の朝日新聞は93歳の佐藤ヒデさんを紹介し、「驚異的だ」と報じた。昨年9月、日本東北地方の岩手県のある保健所の健康診断で、基礎代謝などで測定する体内年齢がなんと36歳だったのだ。血管年齢は20歳だった。佐藤さんは身長163センチ、体重63.5キロと極めて平均的な体型だが、佐藤さんの生体年齢は決して平凡ではない。

 佐藤さんのボディマス指数(BMI)は23.9、体脂肪率は25%、筋肉量は44.6キロだ。健康的な30代女性の身体だ。保健所側は、機械の異常を疑って3、4回チェックしたという。どうしてこんなことがあり得るのだろうか。5月30日、東京から東北に500キロ離れた岩手県で佐藤ヒデさんにお会いした。

 「99歳まで元気に暮らす秘訣(ひけつ)について伺うためにやって来た」と言うと、佐藤さんは「まだ100歳にもなっていない」と笑った。佐藤さんは毎朝6時に起きてラジオ体操を行い、昼間はミシンで手を動かしながら人形を作ったり服を修繕したりする。体を動かさない時は、文字がぎっしりと敷き詰められた雑誌を「裸眼」で読む。エレベーターには乗らず、階段を使う。毎日肉や魚のようなタンパク質を摂取する。揚げ物は嫌いだが、野菜や果物を好んで口にする。夜11時ごろに床に就くが、その直前に入浴し、水中で毎日500回ずつ蹴っている。

 佐藤さんは「東日本大震災の時、10メートルを超える津波が町内を襲い、親戚7人が亡くなった」とし「少女時代だった1945年には廃虚になった東京で草がゆも食べた。人生の壮絶さを体験した。これを通じて私は人生の尊さを学んだ」と振り返る。

 岩手県陸前高田市のあるマンション。呼び鈴を押すと「はい」と高い声が聞こえてきた。1930年7月生まれの佐藤ヒデさんだ。今年で94歳を迎えるが、体内年齢は36歳と測定され、今年初めから日本で大きな話題を呼んでいる。

 佐藤さんが一人暮らしをしている賃貸マンションには、ほこりが一つもなかった。佐藤さんは「毎日一人で3食の食事を準備し、お皿洗いをして掃除もする」と言う。また「家族と暮らす70、80代の老人たちを見ると、家族が何でも代わりにしてくれるので、本人は動かなくなり、すぐに衰弱する」とし「私は一人で全部しなければならないため、ずっと動いている。だから健康なのではないか」と話した。2時間ほどインタビューをしている間も、佐藤さんは休む間もなく話をし、お菓子を出しては写真や雑誌を見せるなど、絶えず動いていた。

-94歳の佐藤さんにとって人生とは。

 「81歳で東日本大震災に遭った。この時、人生についてじっくりと考え直した。当時(津波で)親戚だけで7人が亡くなった。めいも亡くなったため、何かしてあげたかった。生地を縫って人形を作って死んだめいの母親にあげたら、わんわんと泣いていた。人形を娘と思ったのだ。その後はずっと人形を作っては周囲に配っている。『他の人と共に生きること』、それ自体が人生だ。楽しい。周りの人々ともいつも楽しく暮らしている。だから今後私が亡くなっても、どうか孤独死とは書かないでほしい。どうして、これが孤独死なのか。

 1945年、第2次世界大戦の爆撃で焼け野原となった東京を見た。大きな鍋に草がゆを作ってお皿に分けて食べた。『生きること』の壮絶さを目の当たりにし、生きることの尊さも同時に学んだ」

-一日の日課は。

 「毎朝6時に起きる。寝床を片付けて朝食をあらかじめ準備し、6時半にNHKラジオに合わせて『ラジオ体操』をする。朝食をゆっくりと食べて、NHKの朝ドラを必ず見ている。9時30分からは人形作りを始める。家の片付けは毎日やっている。2、3日に1回は掃除機もかける。食事は毎日3食を自分で作って食べているが、かなりの量を食べている(笑)。毎週2回買い物をしているが、そのたびに野菜をたくさん買っている。朝はご飯にスープ、魚と肉を食べ、納豆も食べる。夜は11時ごろ寝ている。寝る直前の夜10時ごろ、入浴しながら水中で500回ずつ蹴っている」

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