▲2018年9月19日、当時の文在寅大統領が金正淑夫人と共に、平壌の綾羅島5・1競技場に入場してあいさつしている。/聯合ニュース

■経済制裁を受けている北朝鮮を激励したかったという文・前大統領

 文・前大統領はこれについて「北朝鮮が経済制裁を経験する中で直面しているさまざまな困難と、それに打ち勝つための努力を激励したかった」とし「だから『困難な時節』『民族の自尊心』『不屈の勇気』といった表現を、私が直接入れた」と書きました。また「われわれのメッセージは非核化、核のない韓半島であって、平壌市民に感性的にアプローチしたかった。感性的な表現の中で、平壌市民の困難を韓国側がよく理解していると激励する部分は、韓国の保守層は不満に感じるかもしれないが、私は当然言うべきだと思って、押し切って言った」と述べました。

 文・前大統領が回顧録で「押し切って言った」と表現したのは、青瓦台(当時の韓国大統領府)の一部でも5・1競技場演説文の問題点を認識して反対したけれど、文・前大統領が強行したことを示唆しています。その結果、金正恩が平壌住民15万人を集めた場所で「戦略的歓待」の雰囲気に酔い、大韓民国大統領が金正恩全体主義を称賛したと読める演説を行ってしまったのです。北朝鮮で十分に食べることもできず、人間として基本的な生活すらできず、体制の変化を渇望している住民は、文・前大統領の演説を伝え聞いて何を思ったでしょうか。

 当時の文大統領はこのように心を込めましたが、金正恩との雪解けの日々は長くは続きませんでした。北朝鮮は、韓半島情勢が自分たちの思い通りに進展しないことから、文大統領を強く批判しだします。その中でも圧巻は2020年6月、平壌・玉流館厨房(ちゅうぼう)長を登場させて露骨に非難したことです。文大統領は2018年9月の北朝鮮訪問当時、玉流館での歓迎昼食会の際、平壌冷麵を食べました。金正恩は同年4月、彼の最初の南北首脳会談場に玉流館の平壌冷麵を持ってきていました。これを覚えていて、北朝鮮はその玉流館厨房長を登場させて「平壌に来て玉流館のククスを食べるときは、何か大きなことでもやるかのように怪しげに振る舞って、戻ってからは今まで全く何もしてない」と主張しました。韓国大統領を、一介の料理人を登場させて非難したんですね。

■北朝鮮はハノイ決裂後、露骨に文大統領を非難

 同じころ、北朝鮮外務省は「南朝鮮は、間抜けが水を飲んでげっぷをするように、非核化という出まかせは放り出してしまえ」と言っています。張金哲(チャン・グムチョル)統一戦線部長は「青瓦台が危機を免れようとして頭をひねっているが、信頼は木っ端みじんになった。(文在寅政権が)無力で無能だったから、北南関係がこの様相、このありさまになったのだ。これから流れる時間は、南朝鮮当局において本当に悔いが残り、辛いものになる」と主張しました。

 その後も北朝鮮の金正恩政権は、自分たちを忠実に代弁してきた文大統領を「ゆでた牛の頭」などの表現を用いて非難してきました。2020年に金正恩の妹・金与正(キム・ヨジョン)が行った非難は最も強硬です。「鉄面皮の口車」「厚かましさと醜悪さ」「正義のふり、ありとあらゆる良さそうなふりをしながら平和の使徒であるかのように振る舞い、むしずが走って見ていられない」と言いました。

 国家安保戦略研究院の劉性玉(ユ・ソンオク)理事長は、北朝鮮が態度を180度変えて文・前大統領を非難している背景をこのように分析しました。「(文・前大統領は)北朝鮮に過度の期待を抱かせた。文在寅政権の人々は、私的な席で『われわれは米国の顔色をうかがわない。わが民族同士でやる。金剛山観光・開城工業団地を再開するつもり』と(北朝鮮側に)豪語したが、現実的には不可能だった。ハノイ会談前、国家情報院(韓国の情報機関)の実力者A氏が北朝鮮側の関係者と会って『寧辺の核施設さえ閉鎖すれば制裁が解ける』と言質を与えた。首脳会談でその条件を提示したら、トランプは交渉を蹴ってしまった。金正恩は文政権のほらで詐欺に遭ったと思っているのだ」

 金正恩は文・前大統領から詐欺に遭ったと思い、その後は露骨な非難をして「相手にするつもりはない」という意志をはっきりさせましたが、今回の回顧録が起こした波紋を見ると、文・前大統領はまだそんな金正恩政権にかなり未練があるようです。

李河遠(イ・ハウォン)外交担当エディター

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