コラム
謝ってもダイジョウブ 「謝ったら負け」は昔の話【朝鮮日報コラム】
「社長さん、ごめんなさい。僕は無人カフェに初めて来たので使い方が分からず、氷をこぼしてしまいました。次からはそんなことをせずに片付けます。小額だけど、お役にたてば幸いです。お店を長く長く続けて、幸せにお過ごしください。あらためて、申し訳ありませんでした」
少し前、自営業者のネットコミュニティーで、ある小学生が無人カフェで遊んでいて、製氷機にカップを置かずにレバーを押して氷をこぼしてしまい、手書きの謝罪の手紙と1000ウォン(約110円)紙幣を1枚残していった-というエピソードが話題になった。「間違いを認めるとは、大物になる子だ」「両親がきちんと育てた」といったコメントが数十件付いた。
手紙を読んでいて、私も感嘆した。この小学生が書いた謝罪文には、驚くべきことに、外国の有名な大学者や危機管理の専門家らが繰り返し強調している「謝罪の4原則」が完璧に反映されていたからだ。(1)自ら間違いに気付いてすぐに認めること。(2)何について申し訳なく思っているのか具体的に表現すること。(3)『理由は分からないが』『記憶にないけれど』『わざとやったことではないけれど』『しかし』といった言葉を付した条件付きの謝罪をしないこと。(4)同じことを繰り返さないと約束すること。韓国国内や海外の著名な学者は、謝罪をするときにこの四つの原則を必ず守れ、とよく助言している。そうして初めて相手はきちんとした謝罪だと感じ、心から受け入れることができるのだ。
最近野党のある人物が書いた一文が思い浮かんだ。その人物は、自分のセクハラ発言を釈明しつつ「被害者の気が済むまで謝罪したい」と述べた。ここまではいいが「当時、酒の席にいた人々は、そういう言葉を聞いていなかった」と付け加えた。これでは、謝罪なのか弁明なのか分からない。「自分は間違ってないけど、取りあえず、申し訳ない」という形の、典型的な「条件付き謝罪」だ。小学生の子も本能的に守る謝罪の基本原則を、一部の公職者、芸能人、政治家は、このようにしばしば破ったり忘れたり、無視したりする。
彼らだけだろうか。私たち韓国人の相当数が、いまだに謝罪を渋る。謝罪したら負け、敗者(loser)になると思っているケースが少なくない。英国の元首相、ベンジャミン・ディズレーリ(1804-81)も「謝罪はどうしようもないときにだけやるもの」と言ったのだから。ディズレーリは、しかし、19世紀の人物だ。時代は変わり、今では謝罪をうまくやってこそ勝者(winner)、リーダー(leader)になれる。
世界的な製薬会社、ジョンソン・エンド・ジョンソンのリコール問題は、謝罪で危機を突破した模範例だ。1982年、米国シカゴでタイレノールを服用した患者が亡くなると、当時の米国食品医薬品局(FDA)はシカゴ地域の製品を回収せよと勧告した。だがジョンソン・エンド・ジョンソンは、米国全域のタイレノール3100万錠を直ちに回収した。消費者にテレビ広告でその事実を積極的に告知して謝罪し、毒劇物が混入し得ないように薬の形態をカプセル型からタブレット型に変えた。最低に落ちたタイレノールの市場シェアは、1年たたずして例年の水準に回復した。
韓国のある百貨店グループの事例もある。この会社の大田店アウトレットから出火したのは、一昨年の9月22日午前7時40分ごろのこと。同社の会長は、報告を受けるなり現場に出向き、午後4時ごろ「いかなる責任も回避しない。被害に遭われた全ての方と地域住民の皆さんに、繰り返し謝罪する」と言って頭を下げ、火の手がさらに大きくなるのを防ぐことができた。
『謝罪について(On Apology)』という本を書いた社会心理学者のアーロン・ラザール(Aaron Lazare)は、このように人々を励ましている。「謝罪した後の状況が恐ろしいだろうが、その恐怖は誇張されている場合がずっと多い。変化は、思っているほどではない。羞恥心は、道徳的失敗ではない高潔さの証しとなる。謝罪は傷を癒やすほぼ唯一の方法であることを覚えておこう」
成熟した社会は、そうして私たちを最終的な勝者にするのだ。
宋恵真(ソン・ヘジン)記者