▲朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」が2020年6月17日に公開した、開城にある南北共同連絡事務所の爆破の様子。/写真=労働新聞、ニュース1

 最近キーワードとして浮上した「9・19軍事合意」は、正式な用語ではない。公式文書を見ると「歴史的な板門店宣言履行のための軍事分野合意書」となっている。2018年4月27日に当時の韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長が採択した「板門店宣言」の、複数ある付属物の一つとして、同年9月19日に締結されたものが「9・19軍事合意」ということだ。板門店宣言が「根」で、9・19軍事合意は「そこから伸びる小枝」になる。

 「板門店宣言」は、金正恩が非核化に乗り出すだろうという期待感を基にしている。それをけん引するために、終戦宣言・南北交流拡大などさまざまなことを推進するとした。代表的なのが、板門店宣言第1条第3項にある「南北共同連絡事務所」だ。韓国政府は、宣言からわずか140日後の9月14日、開城工業団地の既存のビルに100億ウォン(現在のレートで約11億円)を投じて、地上4階・地下1階規模の事務所を開設した。南北の政府関係者らが常駐して仕事をする空間を誕生させた、板門店宣言の象徴物だ。

 だがこの象徴物は、誕生から2年もたたない20年6月16日に爆破され、灰となった。北朝鮮の金与正(キム・ヨジョン)の指示だった。事務所は一種の外交公館と見なされたので、これを破壊するというのは非常識だった。爆破の理由は「対北ビラ」だった。金与正は爆破12日前の20年6月4日に談話を出し「(韓国が対北ビラ関連で)応分の措置を講じないのであれば、金剛山観光廃止に続いて開城工業団地の完全撤去なり、事務所の閉鎖なり、あっても無いと同然の軍事合意の破棄なり、しっかりと覚悟はしておくべきだろう」と述べた。

 「ビラ」は、事務所爆破の小さな理由にすぎない。大きな流れから見ると、北朝鮮は既に19年2月の「ハノイ決裂」の屈辱により、これ以上「板門店宣言履行」のようなものをやる気はすっかりうせた状態だった。「ハノイ決裂」以降、「ゆでた牛の頭も大笑い」「特等のばか」「出しゃばり仲裁者」といった露骨な非難を文在寅政権へ一心不乱に浴びせてきたのは、そういう理由からだ。その流れで、一つまた一つと言いがかりを付けて行動に移したものの中にあったのが、「ビラ」と「事務所爆破」だった。板門店宣言は、既にこのときから死文化し、これに伴って同宣言の下位文書である9・19合意の命運も尽きた。にもかかわらず、韓国はこれを最近まで、枕元に張り付けるように大事に守ってきた。

 11月下旬、韓国政府が9・19合意の一部について効力を停止し、それに対して北朝鮮が合意の全面破棄宣言を行うと、一部からは「韓半島の安全ピンが抜けた」という主張が出た。全く理屈に合わない。9・19合意は、北朝鮮が過去5年間でおよそ3600回も違反するほどで、基本的に「安全ピン」としての役割を果たせていなかったからだ。安全ピンとしては、国連停戦協定が過去70年にわたり役割を果たしている。停戦協定こそが、韓国が自由平和統一を果たすときに抜ける、唯一の安全ピンなのだ。北朝鮮は9・19合意をしようとしまいと、それ以前もその後も、戦略的必要性に基づいて挑発してきた。韓国の与党も野党も、今となっては9・19論争で無駄に国力を浪費するより、ロシアとの武器取引で何かを企てている北朝鮮とどのように向き合うのかについて、頭を寄せ合って考えるべきではないだろうか。

盧錫祚(ノ・ソクチョ)記者

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