コラム
「習近平訪韓」のために脱北者600人の強制送還に目をつぶるのか【コラム】
2000年の年明け早々、「7人の脱北者強制送還」事件が韓国社会を強打した。1999年11月に中国・ロシア国境で7人の脱北者がロシア側によって逮捕され、およそ70日後に中国経由で北朝鮮へと強制送還された。
国連が難民の地位を認めたにもかかわらず、中ロはピンポンゲームでもするかのように脱北者を送還し、大きな衝撃を与えた。当時の金大中(キム・デジュン)大統領は、この事件が拡大するや、外交部(省に相当。以下同じ)の長官を更迭した。金大中大統領は、新たな外相に「北朝鮮に送還された脱北者7人の安全のため最善を尽くしてほしい」と指示した。新任の外相が、最初の記者懇談会で「外交的努力を行ったが、結果的に間違っていた。外交部を代表して、心を痛め、国民に申し訳なく思う」と謝罪したのが忘れられない。
それから23年が過ぎた今、中国と韓国で起きていることは絶望的だ。10月の杭州アジア大会(2022/杭州。23年開催)閉会式の翌日、中国は軍事作戦を遂行するかのように脱北者を同時多発的に強制送還した。吉林省、遼寧省に収監されていた脱北者600人をトラックに乗せ、死地へと送った。6人でもなく、60人でもなく、600人もの脱北者が再び地獄に向かったにもかかわらず、韓国社会は冷淡だ。尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権で誰かが責任を取ったとか叱責(しっせき)されたという話は聞こえてこない。政権関係者らは、2000年の「7人の脱北者」事件のときのような謝罪はしなかった。尹大統領も全く言及しない。中国の脱北者集団送還が判明した後、4日を経て統一部が「遺憾に思う。中国側へ厳しく問題提起した」と表明したのが事実上全てだ。
韓国政府内外では「習近平訪韓を実現させようと尹政権が脱北者問題で中国に低姿勢を取っているのではないか」と疑っている。今年の秋になってから、尹政権は突然、習近平訪韓の可能性を浮上させ始めた。国家安保室長は今年9月、「習主席が昨年のバリG20(20カ国・地域)会議で尹大統領に『コロナの状況が安定したら喜んで韓国へ行きたい』と言った」と明かした。同月に杭州アジア大会を契機として習主席が韓国の首相と会い「訪韓を真剣に検討したい」と語った-という韓国政府の発表もあった。
習近平主席は14年以降、9年も韓国を訪問していない。その間、韓国からは朴槿恵(パク・クンヘ)、文在寅(ムン・ジェイン)大統領がそれぞれ3回、2回訪中した。1992年に両国が国交正常化した後、こんな不均衡はなかった。習主席の訪韓は、2016年のTHAAD(高高度防衛ミサイル)配備決定を契機として悪化した両国関係の転換点になるという面から、肯定的なことであるのは確かだ。
問題は、中国がこうした韓国の希望をよく分かっていて、習近平訪韓を外交の武器にしているということだ。習近平訪韓の可能性をちらつかせ、中国に対し言うべきことを言えなくする戦略だ。習主席は11月中旬のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、米・日の首脳とは会っておきながら、韓国の尹大統領とはわざと会わなかった。これは「価値を引き上げる」戦術とみるべきだ。
中国の事情に詳しい人々は、習主席がすぐに訪韓する可能性が高いとはみていない。韓国政府は、中国の李強首相が出席する韓中日3カ国首脳会議でもまずは開催しようと、今年ずっと骨折ってきたが、中国側は依然としてぐずぐずしている。韓国は2025年、20年ぶりにAPEC開催国となるが、習近平主席はこの時にようやく訪韓を検討するとみている人も多い。
習主席の「訪韓検討」の一言で魂を売り、低姿勢に出れば、中国の欺瞞(ぎまん)戦術にやられてしまいかねない。文在寅・前大統領は中国を重視し、就任後わずか半年で急いで中国を訪問した。中国を「高い山の峰」と褒めたたえた彼に返ってきたのは、「北京一人飯」と、中国外相が目下の人間に対してやるように腕をぽんぽんたたく「冷遇」だった…ということを覚えておく必要がある。
李河遠(イ・ハウォン)記者