コラム
「イスラエルより不安で、ガザ地区よりは安全な」ソウル【コラム】
ストライキの損失責任を労組に問うことができないようにする「黄色い封筒法」を通過させ、公営放送の理事の人数を増やして理事推薦権を外部団体に拡大する「放送3法改正」を押し付けた李在明(イ・ジェミョン)代表は、いかにも威風堂々という様子だった。つえを突き、憔悴(しょうすい)した姿で裁判所の令状実質審査に出席したのはいつのことだったかと思う。翌日には、自分を捜査していた検事らへの弾劾で陣頭指揮を執った。頑固だった尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が腰を曲げて頼む方向へ変化すると、頭をもたげた李代表が、大統領とは対照的にさらに大きく、拡大されて見える。「鬼神に取りつかれた」という言葉が思い浮かぶくらい、何かひどい思い違いをしている、という意味だ。
ネズミ捕りのかごに閉じ込められ、後ろの扉が閉ざされていないかどうか焦っていた先日の李代表の姿を、韓国国民は生々しく記憶している。李代表は、そんな韓国国民の記憶力を疑い、あるいは虚勢を張ることでその記憶を覆せると思っているらしい。カエルも、大きくジャンプする前は体をぎりぎりまで縮こめる。何日か温かい風が吹いたことで「春が来たらしい」と思い込み、そそっかしく動いたら、吹雪に見舞われるのが世の道理だ。
拘束令状が棄却され、李代表がさらに身を低くしていたら、器量が違って見えたかもしれない。大統領は予算国会演説を行う本会議場で、あまり知りもしない野党議員らに手を差し出しつつ、腰を曲げてあいさつをした。何人かの野党議員が大統領を無視する場面がテレビカメラに捉えられた。ある議員が「大統領に『もうお辞めください』と言った」と、武勇談のごとく自慢することもあった。
李代表が今、韓国国会で展開している攻勢は、政府に対する反対の意思表示ではない。政府をまひさせようとするものだ。民心の下方の温度はもう変わり始めただろう。政府がまひしたら、その被害は国民に跳ね返ってくる。韓国国民は厳しい暮らし、分裂する国の責任を大統領と与党に帰した。その結果が江西区庁長選挙だ。
大統領は選挙結果を民心の警告と受け止め、変わろうとしている。成果はともかく、印曜翰(イン・ヨハン)革新委員長は李代表と民主党より何倍も韓国国民の間で話題になった。民主党のかつての重鎮は「私が死んだという訃報のほかは、いかなる批判の声も、忘れられるよりはうれしい」と言っていた。その基準から見ると、民主党は落第点だ。
李代表は、韓国がいかなる世の中に存在しているのかを知らず、民主党は、今がどんな時代なのかを知らないらしい。ウクライナとイスラエル・パレスチナはとても近く、パレスチナ・イスラエルは台湾海峡や韓半島と連動して動く。イスラエル・ハマス戦争が起きるや、米国はウクライナに送ろうとしていた数十億ドル(数千億円)の軍需支援をイスラエルに振り向けた。米国は、ウクライナには戦争を「継続する」武器を送り、イスラエルには戦争で「勝利する」武器を送っている。
米国は、複数の戦争に同一の比重で対処することはできない。国力の限界があるからだ。台湾海峡で中国軍と米国・日本・台湾軍が衝突したら、米国の各戦争に対する優先順位は変わるだろう。これと同時に、あるいは時差を置いて韓半島で異常事態が起きたら、また優先順位がひっくり返るだろう。李代表は、韓国の大統領になろうとしている人物だ。そういう立場で、こうした世界と韓国が心配にならないのか。
少し前、李代表の「汚い平和の方が戦争よりまし」という言葉に、ある知人の話を思い出した。飛行機の中で、たまたま隣の席に座ったイスラエルの人に「テロのせいで不安でしょう」と言葉をかけたら、こんな答えが返ってきたという。「国があるから心強いです。私の両親のころは国がありませんでした。不安な暮らしじゃないのかとおっしゃいますが、ソウルよりは安全でしょう」。もちろん、隣の席の乗客がガザ地区のパレスチナ人であったらなら、違う答えが返ってきただろう。「あなたには国があっていいですね。私たちには国がありません。不安です」
イスラエル人の「心強さの根」も、パレスチナ人の「不安の根」も、国があるか、ないかの差だ。韓国人も35年間、国のない民族として生きた。国を取り戻し、大韓民国を興してから75年が経過した。韓国国民の80%以上は「大韓民国」で生まれた。彼らは、祖父・祖母には国がなかったという事実を知らない。国は元からあるものだと思っている。しかし国は、心を砕いて守り、念を入れて世話をしなければ崩れて消えてしまう、人工の産物だ。この事実を人々に気付かせるべき人物は誰か。それは、指導者である大統領と野党代表の役目だ。
イスラエルの人には、核爆弾の下で暮らす韓国の方がイスラエルより不安に見える。パレスチナの人にとっては、ガザ地区よりちょっと安全な場所が韓国だ。この事実を忘れたら、国が危うくなる。
姜天錫(カン・チョンソク)顧問