▲イラスト=UTOIMAGE

 ウクライナに続いてイスラエルで戦争が起きるのを見て、戦争が起きてもおかしくない場所をあさる「戦争の目」は、本当に見逃すところがないという思いを抱く。免疫力が落ちた人のところに病気がやって来るように、戦争は、起きてもおかしくない場所に間違いなくやって来る。攻撃を受けたウクライナとイスラエルは、いずれも免疫力が大幅に落ちた状態だった。

 このところウクライナは、親西欧と親ロシアに分裂してひどい内紛状態にあった。分裂した国民は戦争を恐れ、ロシアが領土を占領して併合したにもかかわらず見ているだけだった。深刻な内紛は、政治コメディーの主演俳優が大統領に当選し、コメディーの制作会社幹部が国の要職を務めるという状況までもたらした。彼らは予想外にうまく戦争を指揮してはいるが、戦争の目が見るに、ここは明らかに「餌食」となる場所だった。

 イスラエルもまた、ネタニヤフ首相の司法政策で前例のない国民分裂に直面していた。軍や警察の現役幹部が政府に対して公に反旗を翻し、国防の主力である予備役の服務拒否という事態まで発生した。到底イスラエルらしくないことが次々と起き、最終的には戦争の目に留まってしまった。軍の最前方哨所がテロリスト水準の武装隊に制圧されて女性兵士が次々と連れ去られ、多くの子どもたちが斬首された。

 戦争の目が地球儀を回すとき、韓半島に視線が向かないはずがない。米国防長官府の中国担当官(China Country Desk Officer)を務めた経験を持つジョセフ・ボスコ氏は、イスラエル戦争が起きるや「次は中国・台湾の番で、その次は韓半島」と語った。その中でも北朝鮮は最悪だという。北朝鮮政権は、住民の暮らしは原始レベルで放置したまま、ありとあらゆる核兵器開発にばかり血眼になっている。工芸品と称してミサイルの形の焼き物を作る集団だ。金正恩(キム・ジョンウン)自身を守るためのものだが、非正常な権力の非正常な形態は永続可能なものではなく、ほとんどの場合、最後は暴力的だった。戦争を防がなければならない韓国は、国民が深刻に分裂しており、国家守護の「決意」も四散している。

 今、韓国では「北の挑発を懲らしめる」と言うと「戦争狂」と非難される。韓国がやられても、戦争になるかもしれないからひたすらやり過ごそう-という主張が人気を得て、選挙で勝つ。北朝鮮の攻撃で哨戒艦「天安」が爆沈し、韓国の軍人・国民56人が命を落としたとき、民主党は対北反撃はもちろん経済制裁にも反対して「戦争か、平和か」という選挙スローガンを掲げた。その選挙で民主党は勝利したという。当時、兵役に行った息子たちが両親に「政府が戦争をしようとしているのに、防ぐべきではないのか」と電話をした。これだから北が挑発の誘惑を感じるのではないか。戦争の目が見るに、韓半島は戦争の起きやすい条件を漏れなく備えている。

 民主党は2007年に政権を失っておよそ80議席の少数党へと転落したとき、狂牛病(牛海綿状脳症。BSE)で大成功を収めた事例を忘れられず、絶えずデマにすがり続けている。それと同じく「戦争か、平和か」のスローガンで成功した事例も忘れられずにいる。「戦争か、平和か」は、いかなる譲歩をしてでも平和を守るべきだという意味だ。そうやって戦争を事実上放棄した国は朝鮮だ。その結果、戦争をしてみることもなく国を失った。そのとき、李完用(イ・ワンヨン)は「それでも戦争するよりはましではないか」と言った。

 戦争が起きたら人が死ぬから無条件で譲歩して避けるべき、という単純な論理で大衆を脅かし、幻惑することは、世界中の政治屋がやっている。連中は国民と国家を蝕み、最後には戦争へと導く。責任ある指導者は「戦争は防ぎたいが、主権と独立が脅かされるのであれば避けるつもりはない」と宣言しなければならない。国を国らしく、国民を国民らしくしてこそ戦争を防げる。主権と自尊は、ただでは守れない。雇い兵を用いる国は例外なく滅んだ。

 ウクライナ、イスラエルの人々の日常が一瞬で破壊されるのを目の当たりにして、大切な今の日常を皆が守りたいと言う。ごろつきが横行する世界で日常を守る最も確実な方法がある。国民、大統領、政党、企業、社会が「場合によっては戦争を避けられない瞬間が存在する」という事実を受け入れればよい。そういう国には、誰も手を出さない。

 世間に、戦争を望む人間はいない。だからといって外敵に屈従しながら生き永らえたいと思う人間もいない。両者の衝突は避けられない。そのとき、屈従を選んだら戦争になり、戦争も辞さずとしたら戦争を防げる。もう「戦争か、平和か」はやめにしなければならず、振り回されるべきではない。それが、自分と家族と国を戦争から守る道だ。誰しも怖い。その恐怖をあおり、苦しさを誘惑して票を得ようとするのは政治屋のやることだ。指導者は、国民の本能的な恐れを乗り越え、決意を集結させるべき人間だ。

 戦争の歴史は数多くの名言を残した。その名言の中でも精髄は、ロシアの革命家トロツキーが言ったことだと思う。世界大戦のむごたらしい災厄の中で欧州が呻吟(しんぎん)し、知識人社会に反戦主義が広まっているとき、トロツキーはこう言った。「戦争に関心がないですって? でも、すみませんが、君は戦争に興味が無くとも、戦争の方では君に興味を持っているんですよ」。戦争の本質的属性が、この言葉に盛り込まれている。戦争は、戦争に反対して平和を主張する人間たちに関心を持ち、やって来る。来るなら来いという人間たちは避ける。「勝つ戦争より汚い平和の方がまし」だと言う李在明(イ・ジェミョン)代表が深く銘ずるべき心理だ。

楊相勲(ヤン・サンフン)主筆

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