韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権が強制徴用問題の解決案を出したとき、率直に言って心配だった。韓国政府が何かを間違えたという意味ではない。大法院(最高裁に相当)が「司法の自制」というグローバルスタンダードをはねつけたことで生じた問題だった。日本企業が韓国の大法院の決定を拒否して国際裁判所に行ったら、勝訴の可能性は薄い。韓国側で絡んだ糸をほぐすしかない。韓国企業が出したお金で賠償金をまず支払うというやり方が、やはり常識的かつ現実的だった。ただ、野党が「屈辱外交」と食い付いてくるのは明らかで、それによって韓国の国民世論が騒然となるだろうと予想していた。これまでの経験ではそうだった。

 朴槿恵(パク・クンへ)政権の慰安婦合意も、避けられない選択だった。世論の強い非難が起き、窮地に追い込まれた。文在寅(ムン・ジェイン)政権はその合意を覆し、竹やり歌を歌った。韓国国民は「ノー・ジャパン」を復唱して団結した。日本不買運動が始まってわずか1カ月でユニクロの売り上げは70%も急減した。不動の首位だった日本ビールの輸入は3位に後退した。日本と妥協したら売国として追われ、対立の角を立てれば拍手された。こんな風土の中で、強制徴用の解決案は政治的逆風にさらされるリスクが高かった。それでも尹政権は正攻法で押していった。革新系最大野党の民主党は、いつもそうしてきたように、反日の火薬庫に火を付け、親野党系メディアは扇動を始めた。

 しかし幸いなのは、韓国国民の反応が予想よりも淡々としている点だ。ある大学教授は「586(1960年代に生まれて80年代に大学へ通った現在の50代)の扇動に、若い世代が呼応していない」と、その理由を説明した。今の韓国の20代、30代は、日本に対して被害意識も劣等感もないという。競い合うに値する競争者、と見なしている。文政権時代の「ノー・ジャパン」が力を得たのは、「安倍効果」が作用したからだという。日本が、優越的な立場を利用して輸出規制という不当な嫌がらせをしているという感覚から、若い層が腹を立てたのだ。

 FIFA(国際サッカー連盟)ワールドカップ・カタール大会のとき、日本の試合を見ていて、中継陣の態度が昔とは違うと感じた。日本の相手チームがゴールを決めたらまるで韓国チームを応援するかのように興奮していた、偏向中継ではなかった。日本が韓国より良い成績を挙げるのではと心配して気をもむ様子をあからさまに見せていた、かつてのやぼったさは消えた。

 このごろの韓国の若者層は、中国側に反感の焦点を合わせている。20代、30代を対象にした世論調査で、中国は圧倒的に非好感度トップだ。貿易報復や文化東北工程など、中国の力自慢が反感を買ったからだ。「中国の夢」を共にしたいという韓国左派陣営の反日扇動が力を失っていく理由はここにある。

 1979年に第1巻が出た『解放前後史の認識』は、学生運動層の意識を高める教科書だった。1980年に大学に入った筆者も、先輩の指導の下、同書を読んだ。読後感を互いに共有するセミナーは「起・承・転・親日原罪論」だった。李承晩(イ・スンマン)政権が親日清算をしなかったことが韓国の諸悪の根源だった。始まりを誤ったから国が完全にねじれてしまった、という診断が明快だった。しかし、心の片隅には引っ掛かるものがあった。世間の道理とはそう単純なものだろうか。

 当時のその親日原罪論を、文在寅政権で再び聞くことになった。2019年の三・一節記念式典で、当時の文在寅大統領は「親日残滓(ざんし)清算はあまりにも長く遅れていた宿題」だと語った。2021年7月、同じく当時の李在明(イ・ジェミョン)京畿道知事は、大統領選挙出馬を宣言するとともに「大韓民国の樹立は親日勢力と米占領軍の合作で行われた」と発言した。

 1980年、韓国の国民1人当たりの所得は日本の6分の1程度だった。最近は、手を伸ばせば当たる程度にまで追い付いた。2027年になれば順位がひっくり返るという予測を、日本の経済研究センターが出した。1980年の時点では、日帝強占期を覚えている世代が成人の半数以上を占めていたが、今では80代後半もしくはそれ以上のごく少数しか残っていない。韓日両国の力学関係も、両国国民が互いを見る目も大きく変わった。それにもかかわらず大統領や、大統領になりたいという人物の対日認識は、40年前の大学生意識化の論理から一歩も踏み出していなかった。

 韓国ほど他人の視線に神経を使う国民もまれだ。韓国文化、韓国料理が外国人の目と口に合うかどうかを気にして、相手が親指を立ててみせれば満足する。しかし、国際社会が韓国の座標を見定めて評価する真の基準は別にある。韓国専門家らは、韓日関係が歴史問題でねじれるたびに首をかしげる。韓国は今や厳然たる先進国で、解放からとうに2世代は経過している。にもかかわらず日本問題が出ただけで、新生の後進国に戻っていくのだ。ずうたいは大人だが、母親の乳を吸って駄々をこねる退行に他ならない。野党首脳部を占める586学生運動出身者らは、無条件に日本を非難することが国の品格を高めることであるかのように扇動する。身内で酔いしれて、井戸の外では嘲笑を買うばかりだ。国際規範を外れた反日ごり押し外交は、国の威信を害するだけだ。

金昌均(キム・チャンギュン)論説主幹

ホーム TOP