▲2022年2月下旬に出版された『新両班社会』/写真=「思考の力」提供

【宋義達(ソン・ウィダル)が会った人】『新両班社会』の著者、人類学者のキム・ウンヒ博士

「政治・経済・社会・歴史観などにおいて、韓国エリート層の思考方式が朝鮮王朝後期へと退行している。『成長』より『均等分配』を強調して『持てる者』を敵視する、抑強扶弱を叫ぶ政治家が多くなっていることがその証拠だ。これは貧富の格差なく、皆が等しく生きる農民社会を志向する朝鮮王朝時代の儒教経済観の完璧な復活だ」

 これは、2月下旬に『新両班社会』という著書を出した人類学者のキム・ウンヒ博士の下した診断だ。ソウル大学衣類学科1975年入学のキムさんは、1993年に米国シカゴ大学で人類学の博士号を取り、中央大学兼任教授や韓国学中央研究院専任研究員などを歴任した。2016年夏から、ソーシャルメディア(会員制交流サイト)でのコミュニケーションを増やしている。

 キム博士は同書で、586運動圏(60年代生まれで80年代に大学へ通った50代の学生運動出身者)をはじめとする韓国進歩陣営の情緒と世界観を文化人類学的観点から解剖した。「586、彼らが語る正義とは何か」というサブタイトルを付けた。記者は3月初めに、電話および書面でキム博士にインタビューを行った。

■「『586運動圏』は韓国の新たな特権層」

-今、韓国は「新しい両班社会」に向かっていると思うか?

 「そう思う。壬辰(じんしん)倭乱(文禄・慶長の役)の後、朝鮮王朝滅亡までおよそ300年にわたる朝鮮王朝後期の両班(朝鮮王朝時代の貴族階級)社会の統治理念は『徳治』だった。義と礼を追求する君子が、自分だけの利益を追う小人を教化し、支配するのが徳治だ。1990年代初めの文人政権(金泳三〈キム・ヨンサム〉政権)発足でひそかによみがえった『徳治』の亡霊が、21世紀の韓国進歩陣営を徘徊(はいかい)している」

-具体的に、どのような事例があるか?

 「2-3年前に起きた『チョ・グク問題』と『尹美香(ユン・ミヒャン)問題』からそう言える。両班らが君子と小人を区分するように、チョ・グクや尹美香の支持者らは韓国社会の構成員を、社会正義のために生きてきた運動圏の『両班』と、自分の利益に忠実な既得権・積弊勢力の『小人』とに分ける。大義に献身してきた運動家に法律的な物差しを突き付けては駄目だ、と彼らは強弁する。道徳的優越性が法治よりはるかに価値があって重要、という理由からだ」

 キム博士はさらに語る。

 「子どもを名門大学に入学させるための入試不正や市民団体の会計不正は、市民社会の根幹である信頼を崩壊させる、深刻な犯罪行為だ。ところが二人の支持者らは『正しく』生きてきたチョ・グク、尹美香の犯罪行為を認めない。彼らにとって『正しい』社会とは、道徳的に優れた人々が統治する両班社会であって、法治に基づいた近代市民社会ではない」

■「6代孫も学費支援…性理学の義理論が復活」

-他の事例としては?

 「文在寅(ムン・ジェイン)政権が5年間繰り広げてきた『親日清算』だ。両班社会の統治理念である性理学の義理論から見ると、道徳的価値は命よりも重要で、植民地時代において『親日協力』は許されない裏切りだ。586運動圏は同一の論理で、自分の利益、すなわち出世のために生きた親日附逆(反逆)者らを処断し、正義の独立運動家らを韓国社会の中心へと復権させようとしている」

 キム博士は「文在寅政権が独立運動家の子孫に対する待遇を大幅に向上させたのは、道徳的に立派な『君子』の子孫は代々厚く遇するべきだという両班意識の発露」だとして、このように語った。

 「故・朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長は、独立運動有功者の4-5代孫まで大学の学費を支援するという『独立有功奨学金』計画を打ち出した。2021年、ソウル市の『独立有功奨学金』は6代孫まで学費を支援している。国家有功者法は、就職試験の当落に決定的に作用する5%の加算点を今でも有功者の家族に付与している」

ホーム TOP