24日、日本で「野球の聖地」と呼ばれる兵庫県西宮市内の甲子園球場。選抜高等学校野球大会(春に開催される甲子園大会)に初出場した韓国系の京都国際高校が延長戦の末、柴田高校(宮城県)に5-4で逆転勝ちした。甲子園の伝統に基づいて、相手チームが不動の姿勢で敬意を表する中、京都国際高校の韓国語の校歌が鳴り響いた。これより前の1回裏の攻撃が終わった後、全出場校の校歌を紹介する伝統に基づき、同校の校歌が初めて甲子園球場で歌われた。校歌は2回ともNHKを通じて日本全国に生放送された。

 三塁側スタンド席に座っていた約1500人の京都国際高校応援団は感激した表情で校歌が放送されるのを見守った。同校の王清一(ワン・チョンイル)元理事長は「韓国語の校歌が放送された時、流れる涙が止まらなかった」と言った。韓国の大学への入学を目指して勉強中だという3年生のクロカワ・アスカさんは「甲子園球場で校歌を聞けて、本当に気持ちが良かった」と笑った。京都国際高校は27日に2回戦に臨むが、この時も再び校歌が放送される。

 選手全員が日本国籍の京都国際高校は同日の試合で、6回まで2-0とリードされていたが、7回表の満塁のチャンスで3得点し、逆転に成功した。その後、柴田高校が1点を返して延長戦に突入したものの、10回に2点を入れて、5対4で勝利した。朴慶洙(パク・ギョンス)校長は「ほかの学校とは違い、グラウンドが小さくて外野練習は別の球場を借りてやってきた。このような状況でも甲子園に進出して1勝するなんて、本当にありがたい」と語った。

 京都国際高校は全生徒数が131人に過ぎない。このようなミニ学校が日本全国約4000校の野球部のうち、32チームしか出場できない選抜高校野球大会に、外国系の学校としては始めて出場した上、初勝利まで挙げたのだ。このため、100年近い歴史を持つ甲子園大会で、「驚異的な記録を立てた」という評価をされている。この試合を見るため、24日朝から在日僑胞(在日韓国人・韓国系在住者)たちは貸し切りバス20台に分乗して甲子園球場に集結した。大阪にある同じ韓国系学校の建国高校や金剛学園高校からも生徒が来て応援した。

 1947年に在日僑胞たちが建てた同校は、1990年代に深刻な経営難に陥った。生徒数が減ったため、学校を存続させるために1999年に創設したのが野球部だった。その時から野球に興味のある生徒が来始めた。2004年に日本の学校教育法第1条の適用を受ける学校に転換、今では韓国教育部と日本文部科学省の財政支援を受けている。日本の生徒が60%以上なので、事実上「韓日連合」の性格を持つ。当時理事長を務めた在日本大韓民国民団(民団)京都府地方本部のイ・ウギョン顧問(87)は「学校の性格を変えて日本の生徒を受け入れることにした時、『学校を売った』と批判された。我が校の卒業生や生徒たちが韓日関係を明るくするという考えを持つなら、それは正しい判断だった」と言った。

 一般の観客は気づかなかったが、この日の試合は日本の警察や駐日韓国公館が緊張する中で行われた。韓国系学校が甲子園大会に出場したことについて、一部の日本の右翼は反感を抱いた。特に、「東海」(日本名:日本海)で始まる韓国語の校歌が日本全国に生放送されること問題視していた。このため、京都国際高校は日本の警察に生徒や選手たちの保護を要請、大阪総領事館と神戸総領事館も警察に配慮を求めた。同校の選手たちも「万一の事態」を懸念、いつもとは違う出入口を通って球場に入らなければならなかった。

 NHKは京都国際高校の校歌を放送する際、「東海」を「東の海」と翻訳した日本語の校歌のテロップを表示した。そして、画面下には「日本語翻訳は学校から提出されたものです」というテロップも出した。これについて、朴慶洙校長は「我々は校歌の音源を提供しただけで、そのような日本語字幕を送ったことはない」と言った。共同通信は以前、毎日新聞と共に同大会を主催する日本高等学校野球連盟が「東海」を「東の海」と翻訳した日本語字幕を作り、NHKに提供するだろうと報道していた。日本のある中堅ジャーナリストは「学校がそのような字幕を送ったことがないのに、NHKが歪曲(わいきょく)放送をしたなら、大きな問題になるかもしれない」と言った。同校のキム・アンイル野球部後援会長は「日本にはほかの外国系学校も多く、英語などによる校歌も歌っている。70年以上歌ってきた校歌を問題視するのは理屈に合わない」と述べた。

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