2005年、医学の神の姿を描き込んだ「WHO(世界保健機関)旗」をはためかせた車が、朝鮮日報社ビルに入ってきた。車から降りた李鍾郁(イ・ジョンウク)WHO事務局長は、鳥インフルエンザが発生した東南アジアをちょうど歴訪してきたばかりの防疫司令官といういでたちだった。彼は、各国のメディアから「WHOが新型伝染病の危険性を誇張し、恐怖に陥れている」と批判されていた。だがこれに屈することなく、感染症拡大の際に国際協力でこれを退治する国際保健規則(IHR)を作った。武漢での事態は、この規則に基づく6度目の緊急事態宣言だ。

 15年6月、ちょうど韓国でMERS(中東呼吸器症候群)が広がっていたころ、WHOから調査団がやって来た。大規模な感染症が発生すると、WHOは当該国へ調査団を送り、コントロールできるかどうか評価する。一行はまるで防疫査察官のようだった。韓国の情報公開が遅れて各国が状況にタイミングよく対処できずにいる、というような「叱責(しっせき)」もあった。そんなWHOが、武漢で新型コロナウイルスの大流行した時期に、中国現地での調査を行わなかった。

 ゲブレイェスス現WHO事務局長は連日、中国擁護で忙しい。ゲブレイェスス事務局長は2月5日、「中国の措置で武漢肺炎の海外拡大を防ぐ絶好の機会を得た」として「この好機を逃さないようにしよう」と発言した。一方、「中国に対する移動制限措置を取る国が増えたら、恐怖が拡大する」として、旅行や貿易の制限措置には反対した。疾病と戦う国際機構のトップではなく、まるで中国政府の「代弁者」のような格好だ。

 ゲブレイェスス事務局長は、アフリカ北部の貧国エリトリアの出身だ。エリトリア国内の大学で生命科学を専攻し、英国で感染症関連の博士号(Ph.D)を取った。その後、隣国エチオピアの保健相を引き受け、エイズを22%、脳髄膜炎を68%減らして能力を認められた。保健の専門家というより、医療事業関連の基金と援助を大きく増やした外交の専門家に近い。彼は、アフリカ大陸に数兆ウォン(1兆ウォン=現在のレートで約929億円)規模の投資をしたいという中国政府の支援に後押しされ、17年にアフリカ出身者としては初めてWHO事務局長になった。

 このところ、「WHOの立ち位置は以前に比べ劣化している」という声が国際医療界から上がっている。米国が予算支援を大幅に減らし、国対国の直接投資方式の医療事業に集中していることから、財政難が深刻になった。WHO職員の8割は、仕事が生じたときにあてがわれる非正規職だ。MERSの担当者も1人しかいない。感染症情報は米国疾病管理センター(CDC)に依存している。職員の相当数は現場で疫学調査をやってみたことが一度もない「会議専門家」だ、という批判もある。どこであろうと医療と防疫が政治に振り回されてしまっては、きちんとしたものになるはずがない。

金哲中(キム・チョルジュン)論説委員・医学専門記者

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