ソウル五輪が開催された1988年当時、故フアン・アントニオ・サマランチ国際オリンピック委員会(IOC)当時委員長の専用車として利用されたミニバスが復元され、一般公開される。

 故サマランチ委員長は1981年にIOC総会で五輪の誘致先を「セウル」(SEOULを英語風に発音)と発表し、7年後の開会式の祝辞でも韓国語で大会スローガン(世界はソウルへ、ソウルは世界へ)をたどたどしく発音。ソウル五輪を象徴する人物として一躍脚光を浴び、2010年に他界した。

 ソウル歴史博物館は12月4日、故サマランチ委員長が五輪期間中に利用していたミニバス「コンビ」を復元し、来年上半期に博物館の屋外に展示する計画だ、と明らかにした。同バスは、ソウル五輪でVIPを接待するために、アジア自動車が1985年に製作した25人乗りのバスを6人乗りに改造したものだ。搭乗者たちが互いに向かい合って談笑を交わすことができるように事務室用の高級ソファを丸く配置した。これには五輪旗とソウル五輪のエンブレムが描かれている。

 サマランチ委員長の一行は、五輪当時に同バスに乗って全国を移動した。大会の関係者たちからは「88コンビ」という愛称で慕われた。しかし、コンビは五輪終了後、市民の関心が冷めやってしまったことで忘れられてしまう。ソウル市松坡区のオリンピック公園、漢城百済博物館などを転々としながら、まともな整備も受けることができず、事実上古びた鉄の塊と化してしまった。

 しかし、昨年ソウル五輪30周年記念式典が相次いで開催されたことで、同バスにも再びスポットライトが当てられるようになった。バスを所蔵していたソウル歴史博物館が具体的な復元計画を発表した。1560万ウォン(約140万円)を投じてエンジンや変速器などの主な部品を洗浄し、車体のボディーは製作当時に使用された色彩と塗料を使用。新たに塗装することにした。腐食防止のために車をコーティングし、ヒーター、エアコン、ラジオ、室内灯なども復元する予定だ。バスの床やシートなども当時の姿に復元するという。すぐにでも運行できる水準にまで仕上げるものの、実際の運行は行わない。

 博物館の関係者は「現在同種のコンビのうち所在が確認されている唯一の車両で、文化的にも産業的にも十分な価値を秘めている」と説明した。

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