よく行くギョーザ店に先日、「ラストオーダー」(last order)というシステムが登場した。夜8時になると「もうすぐ厨房(ちゅうぼう)を閉めるので、追加注文があれば今お願いします」と言われた。少し前、ある集まりで先輩がぶつぶつ文句を言った。なじみの店の中に「ラストオーダー8時30分」と書いて張り出した店が2店もあるという。「客がいれば夜10時でも11時でも営業していた店なのに、年末から8時半までにするんだとさ」と言った。最低賃金が引き上げられて、客がまばらな時間に店を開けておくよりは、従業員を帰宅させた方がマシだと思ったからだろう。「ラストオーダー」という聞き慣れない言葉を覚えなければならなくなった飲食店経営者の胸中はいかばかりか。この2年で最低賃金が正式に29%上昇した。

 不況が迫ると、これまでは「市場のこじきが飢え死ぬのではないかと心配になる」と言われた。ところが、今年は「市場の商人たちの方が心配だ」という声が聞こえてくる。脱サラしたり、わずかばかりの退職金をはたいたりして出した店、それも大通りではなく、やっとのことで裏通りに店を出して商売している人たちの方が心配だというのだ。「不況が迫るとホワイトカラーの人々も自分たちが労働者であることに気付かされる」とも言われる。不況で解雇の嵐が吹き荒れれば、管理職でも自分たちが一介の労働者であることを思い知らされるという意味だ。今、この国では不況の風が強まっているが、小さな飲食店の経営者たちがまるで大雇用主や大資本家でもあるかのような扱いをされるというとんでもない事態が起こっている。彼らは全国民主労働組合総連盟(民労総)のメンバーたちがストライキの時に着るベストは一度も着たことがないが、家族を養うために商売をしている一家の大黒柱たちであり、額に汗して働いてやっと食べていける人たちだ。ところが、最低賃金を従業員に支払えなければ、最低賃金法違反の雇用主として取り調べられることになる。最低賃金も支払わない悪徳資本家のような扱いされるのだ。最低賃金であれ何であれ、その社会が耐えうるものでなければならない。韓国のことわざにも「横になる場所を見て足を伸ばせ」(何か事を起こす時は結果を考えてからしろ)という言葉がある。

 「保守は世の中を縦に切り、進歩は横に切る」という。横に切ってみると、高低や違いが目につく。ある人は10億ウォン(約1億円)を超えるマンションで暮らし、ある人は郊外の1Kの部屋すら手に入れられない。だから、世の中を平らにならすと腕まくりしている。世の中には今日すぐにできることや、しなければならがたくさんあるが、すべてを今日のうちに全部することはできない。それなのに「全部やる」という。「じっとしてなんかいられない」と鼻息が荒い。やたらに大声でわめきまくって威圧する。

 世の中を縦に切ってみると、それでも良くなっている様子が見えてくる。50年前、韓国の輸出は4億ドル(現在のレートで約430億円)を少し上回る程度だったが、今は6000億ドル(約64兆5780億円)を超える。世界の最貧国の底辺から五輪やワールドカップサッカーの開催地となり、これだけの暮らしができるようになった。子どものころ、路上にはボンネットを開けっぱなしにしたタクシーがよくいた。エンジンからは白煙が吹き出ていた。「オーバーヒートした」とか「車がのびた」と言っていた。今の韓国の子どもたちは、このような光景を見たことがない。そういうタクシーが街を走っていたころ、テレビでは「日本の『MKタクシー』を見習うべきだ」と言っていた。「日本のタクシー運転手は信号待ちの時にぞうきんでダッシュボードをふく」そうだが、韓国のタクシー運転手はそういうことはできなかった。

 個人に問題があるのではない。国のレベルがそういう所にまで達していなかったのだ。今はそんなキャンペーンをしなくても韓国のタクシーはきれいだ。国民所得が増えるにつれ、オーバーヒートした「ブリサ」や「ポニー」といった古い車種のタクシーが消え、自動変速機付きの「ソナタ」「グレンジャー」といった高級車種のタクシーに取って代わった。今の政府は世の中を横に切っている。文在寅(ムン・ジェイン)大統領は新年のあいさつで「今日が幸せな国を作ろう」と言った。暮らしがさらに良くなる明日を夢見て、明日を作ってきた国民たちに「今日だけ見て暮らそう」と言ったのだ。あらゆる問題を一度にすべて取り上げて引っかき回しておきながら、急いで催促する。今でなければできないかのように焦っている。今年もつらい年になるだろう。

李陳錫(イ・ジンソク)論説委員

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