2016年4月に中国の李克強・首相が庶民生活の実態と物価を把握するという名目で四川省のある市場を訪れた。李首相が精肉店で店の主人に「商売はうまくいっているか」と尋ねたところ「普段は調子が良いが今日は全く売れない」という答えが返ってきた。首相を警護するため一般の客が市場に入れないのがその理由だそうだ。李首相が「それなら私が買おう」というと、この店の主人は「売ることができない」と言った。その理由は「警護の担当者が(肉を切る)包丁を全部取り上げたからだ」と訴えた。李首相が次に訪れた果物屋ではサクランボが1キロ3人民元(約50円)と書かれていた。実際は30元(約500円)だったが、店員を装った公務員が0(ゼロ)を1つ消したのだ。このような視察ショーの実態はネットを通じて国民に知られるようになった。

 韓国でも1980年代までは同じようなことが行われていた。かつて全斗煥(チョン・ドゥファン)元大統領の警護員だったというある人物は「市場や農家を視察する際には大統領が質問する相手はもちろん、質問の内容も決まっていた」と語る。国家安全企画部(現在の国家情報院)の職員が通行人などを装い、大統領が何かを言うと拍手をするといったシナリオも決まっていたという。ただし2000年代に入ると警護室の仕事は大統領の動線を事前にチェックする程度になったようだ。

 前回の米国大統領選挙で民主党のヒラリー・クリントン候補はあるトークショーに出演した際、12歳だったときの写真がスクリーンに映し出されると、非常に驚いてとまどったような素振りを見せた。しかし実は放映に先立ち全てのシナリオはもちろん質問などは事前に決められていて、その答えも準備されていたことが後からわかった。映画俳優だった故レーガン元大統領も「政治はショービジネスのようなものだ」と語ったことがある。

 文在寅(ムン・ジェイン)大統領が26日に光化門で市民と共にビールを酌み交わしたが、その際コンビニで働く27歳のアルバイト店員が大統領と乾杯した。当初、大統領府は「現場にいる人は大統領が来ることを知らない」と説明していた。そうでないと大統領が庶民の生の声を聞けないからというのがその理由だ。しかし乾杯したアルバイト店員は昨年3月にあるクリーニング店で「韓国軍の職員になるため勉強しているアルバイト」として当時大統領候補だった文大統領と焼酎を酌み交わしていたことが27日にわかった。大統領府は「このアルバイトの青年だけが文大統領が来ることを知っていた」と説明を変えた。

 大統領府は昨年8月にも主席秘書官らによる「国民報告大会」を開催し「どんな質問が出るか、また誰がどう答えるか誰もわからない」と説明していた。しかし実際は質問やその答えなど綿密なシナリオが最初から準備されていた。今回の文大統領によるビールショーは大統領府のタク・ヒョンミン行政官のミスだったという声があちらこちらから聞こえる。一見目新しいショーも何度もみていると飽きてくる。そんなことをやる前に、時には耳に痛い庶民の本当の声を聞き、それを政策に反映させる意味のあるやり取りをしてほしいものだ。

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