中学で教師として勤務するAさん(女性)は一昨年、教室で悪夢のような一日を送った。ある生徒が何度も自分の体の特定部位をAさんに密着させてきたのだ。慌てたAさんが生徒の頬を平手打ちしながら注意すると、生徒も自分の過ちを認めた。しかし、この事実を子どもから聞いた父兄は「教師が頬を平手打ちした行為は、重大な生徒の人権侵害であるとともに、児童虐待」と主張しながら、弁護士を立て、Aさんを刑事告訴した。父兄側は「私たちの息子は(まだ幼くて)処罰されても前科は付かないが、教師は児童虐待法に引っ掛かれば教職を去らなければならない」と脅した。さらには、校内放送を通じて他の学校に移ることを要求した。Aさんは結局、宣告猶予判決で教職は追われなかったものの、罪人のような立場で他の学校に異動せざるを得なかった。周囲の教師らは「今後生徒たちを指導することができないくらいに、Aさんはショックを受けた」と話す。

■児童虐待法に足をすくわれる教師たち

 教師らが生徒を指導する過程で「児童虐待」に追い込まれるケースが多発している。ソウルのある小学校の学芸会の練習時間に、指導教師Bさんは列をそろえない生徒の袖などを引っ張って「列をきちんとそろえなさい。あなたが穴だ」と叱りつけたことで、今年1月教壇を後にした。暴行の疑いが持たれて起訴され、50万ウォン(約5万1000円)の罰金を支払った。

 いわゆる「漆谷継母事件」をきっかけに、2014年に改正された児童福祉法によると、加害者(教師)が「児童虐待」で5万ウォン以上(約5100円)の罰金刑が宣告されると、解任か、10年にわたって児童関連機関(教職)で勤務することができないよう、定められている。ところで一線の教師の間では、この条項が「悪法と同じ」といった不満の声が上がっている。ひとまず、児童虐待と見なされれば、軽微な罰金刑でも教職を追われるなど、行き過ぎているというのだ。

 チョン・スミン弁護士は「深刻な児童虐待はそのほとんどが家庭内で発生しているが、おかしなことに教師らがその流れ弾に当たるケースが増えている。罰金刑だけで教師を教育現場から排除するというのは、職業選択の自由を制限し過ぎている」と説明する。チョン弁護士は今年4月、憲法裁判所にこうした内容の憲法訴願の申し立てを行った。

 「児童虐待」の基準が曖昧なのが、より大きな問題だという指摘もある。児童福祉法上、「情緒虐待」は「児童の精神上の健康や発達に害を与える行為」と規定されているが、教師の指導行為でさえ虐待として追い立てることができるからだ。最近嶺南(慶尚道)地域のある小学校の教師Cさんは「4年前にうちの子どもを廊下に立たせたのは虐待行為」との理由により、父兄から数百万ウォン(数十万円)の示談金を要求された。友人とのけんかを理由に授業中に立たせたことを、中学進学後に問題視したのだ。このことで警察の調査を受けたCさんは「教職に疑いの思いを持たざるを得ない」と周囲に訴え掛けた。韓国教員団体総連合会(韓国教総)のキム・ジェチョル・スポークスマンは「児童福祉法によると、教師が偏食する生徒に注意を与えても、情緒虐待になる可能性がある」という。

■教師の99%「生徒指導は難しい」

 こうした事情のため、教師らの間では生徒たちの生活指導を諦める雰囲気が拡散している。首都圏の高校で生活指導部長を務めるDさんは「生活指導部長はどの教師も引き受けたがらず、くじ引きで決めている。誰もが避けたがる生活指導部は、そのほとんどが契約制の教師に任せるのが現実」と現場の事情に触れた。Dさんは「生徒の人権に対する概念を過って理解した一部の生徒たちが『授業時間に寝たり食事したりする権利』を叫びつつ食って掛かってきても、教師には制止するすべがない」と頭を抱える。

 昨年10月、韓国教総が全国の幼・小・中・高などの教師1196人を対象に実施したアンケート調査で、回答者の98.6%(1179人)が「昔に比べて生徒たちの生活指導がやりにくくなった」と回答した。その理由として「生徒の人権条例など生徒の人権を強調したことで表面化した教権の相対的弱体化」(31.3%)を挙げた回答者が最も多かった。教師の適切な指導権の不在(30.2%)、自分の子どもだけをかばう父兄(24.9%)なども主な理由として挙げられた。

 

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