コラム
【コラム】「何事も規則通り」 日本社会の威力
朝鮮日報東京支局にはキムチ冷蔵庫くらいの大きさの古いコピー機がある。コピー機のリース会社社員から「旧型なのでまもなくリース中止になる予定だ」と連絡が来たため、これを機に解約すると伝えた。
解約手続きといっても、A4用紙1枚の書類がすべてだった。だから5分もあれば終わると思ったのに、30分ほどかかった。手書きの部分はすぐに書き終えた。だが、印鑑が問題だった。猛暑の中、汗でびっしょりになってやって来たリース会社社員は「朱肉が薄い」ともう1回、「1文字かすれている」とまた1回、「漢字がにじんでつぶれている」とさらに1回、合計4回も印鑑を押すように言ってきた。
日本に来た当初は、こういう時「漢字がちょっとにじんだくらいで何ですか」「コピー機のリースを解約するのにどうして印鑑を押さなければならないのですか」と問い詰めたものだが、もうそういうことはない。コピー機の解約から首相官邸の立ち入り許可まで日本人はどんなことに関しても方眼紙のようにきっちりと細かいルールを作り、それを守る。印鑑を押せと言われれば誠意を尽くして押すのが一番早いということを悟るのに2年かかった。
名門大学を卒業した国策研究所の職員が辞表を突き付けて飛び出し、官僚社会を暴露する本を書いてベストセラーになったことがある。「それでも何も変わらなかった」というのが後に出版された本の要旨だった。厚生労働省に勤めていた精神科医が公務員の精神世界を暴いた本も大きな波紋を呼んだ。日本語版のタイトルは『お役所の掟』、英語版のタイトルは『Straitjacket Society(拘束衣社会)』だった。そんな日本では韓国のことを「政府も国民も不安定だ」と評するが、私は「安定しすぎている日本よりも躍動的な韓国の方がいいのでは」と思った。
そう思っていたある時、「何事も規則通り」の威力を実感する出来事があった。2週間ほど前、中学生の娘が韓国の祖母宅に遊びに行った帰り、空港から自宅に戻る途中のどこかで財布をなくした。娘は自分が財布をなくしたことすら気付いていなかったが、それを拾った日本人が東京都内の警察署に届けてくれたという。警察署では学生証に書かれている住所を見て「2週間保管した上で遺失物センターに送る」という通知文を送ってくれた。
私たち親子は通知文を受け取りながら時間がなくて先送りしていた。夏休みになってからやっと「きょうこそ必ず!」と家を出た。通知文をきちんと読んでいなかったので気付かなかったが、私たちが行った日は、財布が警察署に届けられてちょうど2週間目だった。財布はすでに規則に従って遺失物センターに移送されたという。センターの業務時間は午後5時15分までということで、2人でタクシーに乗ってあわててそこに向かった。だが、30秒遅く着いたため、中からドアに鍵がかけられた後だった。
仕方なく翌日、再び娘だけを行かせた。娘はつたない日本語で「財布を見つけてくださった方と警察官の方にお礼を言いたい」とクッキーを差し出した。しかし、警察官は受け取りを断った。その時、別の用事で都内にいた私に娘がスマートホンの無料通信アプリで経過を報告してきた。
「財布を拾ってくださった方は謝礼の受け取りを希望していないそうで、連絡先を書いて行かなかったって。お巡りさんは規則上、何も受け取らないそうです。交通系ICカード、学生証、5000円、うちの鍵は全部そのままありました」