「西欧の社会を基にして作られた社会科学の理論で、非西欧の経験を説明するのには限界がある。韓国の社会科学者は、韓国を基にして理論を作り、独自の学問体系を打ち立てなければならない」

 韓国社会学界の重鎮、キム・ギョンドン・ソウル大学名誉教授が、東アジアの近代化と発展を東洋の思想を利用して解釈した英文の学術書3冊を、有名学術出版社「ポールグレイブ・マクミラン」から出版した。3冊は韓国研究財団の支援を受けて著され、それぞれ『Alternative Discourses on Modernization & Development』(近代化と発展に関するオルタナティブな議論)、『Korean Modernization & Uneven Development』(韓国の近代化と不均衡発展)、『Confucianism & Modernization in East Asia』(儒教と東アジア近代化)というタイトルが付いている。

 キム教授が東洋思想に基礎を置いたオルタナティブな(代替の、従来の主流と異なる)社会科学理論を模索し始めたのは、1960年代からだった。儒教の本場・安東出身の金教授は、米国ミシガン大学で修士号を取って韓国に戻った後、64年に米国ハーバード大学燕京研究所の支援で、韓国社会の近代化プロセスにおける価値体系の変化を分析した論文『韓国社会の儒教価値研究』を発表した。その後、再び米国へ渡ってコーネル大学で博士号を取り、ノースカロライナ州立大学の教授を務めた。ここで儒教や道教について尋ねる同僚から刺激を受け、オルタナティブな東洋的理論にますます関心を持つようになった。77年、ソウル大学社会学科教授として赴任。本格的に研究に打ち込み、その結果を国際学術会議で発表した。今回の著書は、過去半世紀にわたる研究の集大成だ。

 キム教授は、近代化は西欧でスタートしたが、東アジアの近代化は西欧の技術・文化の波及とそれに伴う工業化・西欧化だけでは説明できないと考えている。非西欧地域の近代化は一方的な受容ではなく、伝統に基盤を置いた政治的・文化的「選択」(selectivity)が大きな影響を及ぼす「適応的変化」(adaptive change)であって、そこに各国・社会の近代性が違う形で現れるという。

 キム教授が東洋思想において特に注目しているのは、「周易」に出て来る陰陽の弁証法だ。限界(limit)、中庸(moderation)、柔軟性(flexibility)、適応性(adaptability)を重視する陰陽思想は、直線的・単線的で極端な変化を追求する西洋の思想よりも、東アジアの近代化をうまく説明してくれる。また、人は仁・義・礼・楽・智・信の「六徳」を兼ね備えるべきだという人性論、天人合一の宇宙論、社会・自然探求において人間の主体性を強調する格物主義などによって儒教は、人間と社会をパーツに分けてアプローチする実証主義とは違い、トータルな理解を可能にしてくれる。

 東洋的観点に立つと、近代化と発展を同一視する立場からは抜け出すことになる。「近代化」が、主に経済成長とそれに伴う社会的変化を指すのに比べ、「発展」は暮らしの質、機会の均等、幸福などの価値を含む概念だ。キム教授は「発展かどうかを評価する基準には、その社会の現在の姿だけでなく、未来まで含めなければならない」と語った。

 キム教授は、韓国人の日常用語を、韓国の近代化を説明する社会科学的概念として活用した。韓国社会を理解する上で、普通の人の生活感覚がこもった用語が有用だと思ったからだ。貧しく、無視されてきたことに対する「集合的な恨(ハン。晴らせない無念の思い)」は経済成長の動力になり、韓国人特有の「興」は、経済成長を加速させる推進力になった。労使交渉でよその労組などの「顔色」を見て、交渉の実質的成果より「名分」を優先するというのは、合理主義を重視する西欧ではなかなか見られない。ライフワークを仕上げてさっぱりした表情のキム教授は「西欧の学者の反応が気になる」と語った。

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