米国の最新鋭地上配備型迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD、サード)」が韓国南部の慶尚北道・星州に配備されることが決まり、国中が騒がしい。星州の地元民は強く反発し、野党や与党の一部も反対している。THAADの配備先発表後にマスコミが報じたさまざまな世論調査を平均すると、賛成が46%、反対が32%だった。星州を含めた慶尚北道では賛成58%、反対29%と開きが一段と大きかった。朴槿恵(パク・クネ)大統領が「北朝鮮のミサイル攻撃から韓国国民を守れるのはTHAADだけ」と断固たる立場を取ることができるのは、こうした国民の支持があるためだ。国民的支持を後ろ盾にした朴大統領はTHAADの星州配備を変えるつもりはないだろうし、一方の星州も簡単には妥協しないとみられる。

 THAADは完璧な兵器システムではなく、また迎撃射程に入らないソウルなどの首都圏は防衛できないため、THAAD配備だけが国民を守る方法だという朴大統領の言葉には論理の飛躍があると言える。だが、THAAD問題は兵器的な側面よりも政治的な側面の方が大きいため、配備は地政学的にも避けられないように思える。

 1945年8月に第2次世界大戦が終わった後、北朝鮮側に進駐していたソ連軍が48年12月に完全に撤退すると、韓国側にいた米軍も翌年6月に全て撤退した。そしてディーン・アチソン米国務長官は50年1月、米国はアジア本土を防衛する義務がないと宣言し、韓国の安全保障に介入しないことを明確にした。いわゆる「アチソン・ライン」だ。当時、李承晩(イ・スンマン)大統領が戦争を始めるかもしれないと危惧した米国は、韓国の軍を武装解除も同然の状態に置いたまま、米軍を引き揚げた。米軍の撤退、アチソン長官の発言、弱い韓国の軍隊は、北朝鮮にとってチャンスだった。ソ連の軍事援助を受けた金日成(キム・イルソン)はこの機をとらえ、奇襲的に戦争を起こした。

 もしTHAAD配備計画が撤回されれば、北朝鮮と韓国国内の親北朝鮮・左派勢力、中国、そしてロシアは、これをかつてのアチソン長官の発言と同様「米国の韓国安保放棄宣言」と受け止めるだろう。左派による在韓米軍の撤退を求める声はますます大きくなり、北朝鮮による偽りの平和攻勢は強まるに違いない。50年の6・25戦争(朝鮮戦争)発生直前、米軍が撤退して安保の空白が生じると、北朝鮮は北緯38度線で挑発を繰り返した。THAADの配備撤回ともなれば、北朝鮮は当時と同じように、あるいはさらに大胆に挑発に乗り出すだろうし、テロ攻撃もためらわないだろう。

 星州へのTHAAD配備には、防衛兵器としての効率性よりも重要な米国のメッセージが込められている。それは、米国は韓国から手を引かないというものだ。配備は選択の問題ではなく韓国存立の問題であり、それこそが配備反対派が勝てない理由だ。

 また、THAADの配備は韓国経済を安定させる役割も果たす。今年1月に北朝鮮が4回目の核実験を行った際、知人が外国の客との夕食の席でこんな話を聞いた。その外国人たちは本国から安否を問う連絡を受け、できることなら韓国を離れるようにと忠告されたというのだ。筆者自身も外国の友人たちから身を案じるような言葉を掛けられている。

 私たちは北朝鮮の威嚇に鈍感になっているが、外国人の訪問客は不安を覚えるだろうし、継続的な安保不安は貿易に依存する韓国経済にとって打撃となりかねない。米軍のTHAADが配備され、韓国の安保状況が安定すれば、度重なる北朝鮮の威嚇に不安を覚える外国のバイヤーたちも米国が韓国防衛の約束を守るものと信じ、安心して韓国と取引を続けるだろう。

 与党側の3月の調査によると、南北関係破綻(はたん)の責任について回答者の71%が北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長にあると答えた。朴大統領の責任だとする回答は17%だった。また、全体の75%が北朝鮮は韓国の安保に脅威になると答え、脅威にならないとの回答は23%にとどまった。

 さらに、北朝鮮に対して強硬に対応すべきとの回答が全体の58%を占め、融和・穏健的な対応を望む回答は30%だった。全体の79%は安保が経済の安定に重要だと答え、安保と経済は無関係との回答はわずか17%だった。安保と経済を関連付ける国民意識が、THAAD配備を正当化する。

 北朝鮮の核とミサイルによる脅威が存在している今、THAADを配備した場合としない場合では韓国の経済活動にどのような差が生まれるかを調査し、THAADが経済に与える影響を測定することが可能だ。結果は目に見えていると言う人もいるだろうが、安保と経済の相関関係が数値として表れれば、安保政策の樹立に有益なだけでなく国民の安保意識を高める上でも役立つに違いない。韓国政府には、THAADと安保と経済がひとつであることを科学的に示す戦略を取り、配備反対派の国民を説得してほしい。

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