日本の小説家、村上春樹氏の代表作の一つである『1Q84』に出てくる女性主人公の名前は「青豆」だ。これは言うまでもなく「青い色の豆」を意味しているが、名字としては非常に珍しいため、日常生活においてさまざまな不便を感じることが多いと書かれている。時には『枝豆さん』『空豆さん』などと間違って呼ばれるケースもあるようだ。特に病院の待合室にいるときに担当者から名前を呼ばれると、周囲の人はみんなこちらを振り向くため、恥ずかしさから顔が真っ赤になることもあるという。小説の中の彼女は「普通の名前だったなら、もう少し穏やかな人生を過ごせていたかもしれない」と言ってはため息をつく。

 同じように江原道の崔文洵(チェ・ムンスン)知事も名前にコンプレックスを感じていて、小学生のときには親に何度も名前を変えてほしいと頼んだそうだ。ただそれでも他の兄弟やいとこたちよりはましだったという。この家系では崔知事と同じ代には名前に「洵(スン)」という漢字を使うことになっていたため、例えば「一巡」「一瞬」「一歳」と発音が同じの「一洵(イルスン)」、「90歳」や「100歳」と同じ発音となる「九洵(クスン)」や「百洵(ペクスン)」、同じく「万洵(マンスン)」「億洵(オクスン)」といった名前ばかりだったそうだ。

 実は記者の「潤徳(ユンドク)」という名前も、40歳をはるかに過ぎた今になってもいつも恥ずかしいと感じている。初めて会った人に自己紹介するときなどは特にそうだ。娘しか生まれなかった両親が、何とかして息子を生もうと思って付けた名前だ。「ふくよかな感じがして情感があふれる良いお名前ですね」といった褒め言葉など聞きたくもない。時には「純徳(スンドク)」や「心徳(シムドク)」などと間違って呼ばれることもある。亡くなった祖父からは「ユンドギ」と呼ばれていた。もし名前が「潤恵(ユンヘ)」や「潤志(ユンジ)」といったもっとかわいらしい感じのものだったら、周囲の視線もかなり穏やかだったはずだ。

 一方で自分の名前に満足している人はほとんど見当たらないようだ。記者の友人の「ウンジュ」と「ウンジョン」に「名前が(かわいらしくて)うらやましい」と言うと「あなたのその田舎者のような名前の方が、逆に個性があっていいじゃない」と言われる。人の名前というものは、その時代において人々に好まれる価値が表現されるものだ。光復(日本による支配からの解放、終戦)直後なら長寿を願って「永(ヨン)」という漢字がよく使われ、「永寿(ヨンス)」「永虎(ヨンホ)」「永植(ヨンシク)」といった名前が流行した。近代化が進んだ1970年代には「達成する」という意味合いが込められた「成(ソン)」や「勲(フン)」の漢字を使った「成勲(ソンフン)」「正勲(ジョンフン)」「常勲(サンフン)」などが多かった。幼児教育がブームとなった80年代後半には「知恵」を意味する「智」や、「賢さ」を意味する「慧(ヘ)」などが好まれ「智勲(チフン)」や「智慧(チヘ)」という名前が多く見られた。

 日常生活で漢字を使わずハングルだけを使う傾向が強くなった時期には「アルム(美しい、の意)」や「ダウン(~らしい、の意)」など漢字を使わないハングルのみの名前が流行した。2000年代に入ると英語としても通じる「ジェイン(Jane)」「スジ(Susie)」「リナ(Rina)」のような名前が増えた。ちなみに最近は復古的な雰囲気になりつつあるようで、大法院(最高裁に相当)が昨年生まれた男の子の名前を調べたところ「ミンジュン」が最も多く、続いて「ソジュン」「イェジュン」と続いた。これらは「高いこと」を意味する「峻」や、「常人よりも優れていること」を意味する「俊傑」から取った「俊」(いずれも『ジュン』)という漢字がよく使われている。女の子は「ソヨン」「ジウ」「ミンソ」のように中性的な名前が多い。

 いずれにしても最近は一人っ子が多いため、親たちは子どもの名前を真剣に考えて付けている。名付けを請け負う占い師に相談した場合、英語でも通じてなおかつ四柱推命や陰陽五行まで考慮すれば、料金が数十万ウォン(10万ウォン=約1万円)になることもあるようだ。ただし易学に詳しいある学者は「四柱推命や陰陽五行から見て完全無欠な名前などない。両親がその子の名前を呼んだとき、気分が良くて温かく感じる名前が最高の名前だ」と語る。流行は必ずしも良いとは限らない。名前から個性がなくなってしまうからだ。

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