先日会ったボストン美術館学芸員の名刺には「正力松太郎チェア(Matsutaro Shoriki Chair)」という肩書きが書かれていた。「これはどういう意味ですか」と聞いたところ、「正力松太郎氏の財団がこの学芸員の給与を毎年支援しているため、こうした肩書きが付いている」と説明された。この学芸員が名刺を渡すたびに、世界各国の文化界関係者は「正力松太郎」という名前の持つ意味を質問するということだ。

 正力松太郎氏(1885-1969年)は読売新聞の元社主だ。日本初のプロ野球チーム「読売ジャイアンツ」の前身となるチームを創設、日本に米国の原子力発電所を導入して「原子力発電の父」と呼ばれた。海外ではおそらく、そう紹介されることが多いだろう。

 しかし、韓国では「戦犯」とされている。関東大震災(1923年)で「朝鮮人が暴動を起こした」といううわさが流れ、朝鮮人虐殺が起きた時に警視庁で要職を務めていた同氏は、第二次世界大戦後「A級戦犯」として裁判を受けた(原文ママ)。その学芸員に「韓国人にとって『正力』は戦犯の名前だ」と言ったところ、「だから、韓国語で名刺を作る時はその肩書きを入れない」という答えが返ってきた。

 日本企業は世界各地の美術館・博物館をこのように支援し続けてきた。韓国で日本は「文化財略奪国」という扱いだが、国際社会で日本は「文化支援国」という待遇を受けている。

 学芸員に会って帰る道すがら「もし仏像について質問されたらどうしただろうか」と自問した。14世紀に浮石寺(忠清南道瑞山市)に奉安された仏像は「ある理由」により対馬の観音寺に渡り、昨年韓国人窃盗犯が盗んで韓国に持ち込んだところを逮捕された。浮石寺は観音像の日本返還を阻止する仮処分を申請、韓国の大田地裁は「流出経路が正確に明らかになるまで政府は仏像を返してはならない」という仮処分決定を出した。このため、仏像は今、大田文化財研究所の収蔵庫にある。

 返還を認めない決定を出しながら、裁判所は一審で窃盗団に対し懲役3年から4年の実刑判決を出した。犯人たちには懲役刑を言い渡しながら、「盗品」は韓国が持っているのだ。

 状況をもう一度整理してみよう。韓国の仏像が日本に渡った理由は「略奪」である可能性が最も高い。傍証(間接的な証拠)はあるが、これといった文書上の「証拠」はまだ見つかっていない。一方、韓国に今ある仏像が日本の寺から盗まれたものであることは間違いない。

 目の前の真実と過去に対する推測のどちらを先に解決すべきか。文明と法治を信じるなら、盗んできた物は一度返して、あらためて取り戻すべきだろう。もちろん、そのプロセスは煩雑で労が多いはずだ。しかし、被害者も「正道」を守り、程度をわきまえて怒りを表さなければ尊重されない。

 もちろん、急速な右傾化が進んでいる日本を見ると憤まんやるかたない。「向こうが非道な仕打ちをしているのに、なぜこっちは正道な振る舞いをしなければならないのか」と問い返すこともできるだろう。しかし、向こうが非道であればあるほど、私たちが品格を保つてば戦略的に利を得ることになる。

 韓国だけでなく、ギリシャのように歴史は長いが力を失った国々の多くが文化財を奪われてきた。今回、米国で見つかった大韓帝国の国璽(こくじ)のように、明確な略奪の証拠がある場合は「文化財返還」が比較的容易だが、実際にはあいまいな事例の方が多い。こうした時は国連教育科学文化機関(ユネスコ)が仲裁に入ることもある。ユネスコは今年7月、英国にあるパルテノン神殿の壁(エルギンマーブル)をギリシャに返還する決定を下した。韓国の物を取り戻す過程においては「第三者の目」もカギだ。

 約15万点に達する韓国の文化財が海外にあるという。このうち、返還されるべき物はかなり多いはずだ。重要なのは、どのくらい根気強く被害を証明するかにある。「自己主張ばかりの被害者」と「品格はあるが根気強い被害者」のどちらが国際社会の気持ちをつかめるかは言うまでもなく明白だ。

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