1941年12月7日、日本軍の戦闘機が米ハワイの真珠湾上空に飛来し、米艦隊を奇襲攻撃して軍艦5隻が撃沈され、約2400人が亡くなった。米国の第二次世界大戦参戦の導火線となった真珠湾攻撃だ。その後、米国国内には反日感情が急速に広がり、日系人は「母国と内通する敵対勢力」という烙印(らくいん)を押された。当時のフランクリン・ルーズベルト大統領は大統領令9066号を通じて日系人約12万人を収容所に強制収容した。
最悪の米日関係を象徴する大統領令9066号が発動されてから19日で80年経った。ジョー・バイデン政権はこれに対する「米国のざんげ」を述べ、日本との同盟強化の材料として積極的に利用している。バイデン大統領は19日を「第二次世界大戦期間中の日系人強制収容を記憶する日」と宣言、「米政府は、我々の歴史の暗い時期に、人生において取り返しのつかない被害を受けた日系人にあらためて正式に謝罪する」と述べた。そして、宣言文で「80年前にルーズベルト大統領が署名した大統領令9066号は日系人の子孫たちの人権をはく奪した。当時の政府が取った措置は米国の歴史の中で最も恥ずべき章の一つだ」とも言った。
バイデン大統領が「reaffirm(再確認する)」という表現を使ったことからも分かるように、1988年のロナルド・レーガン大統領からバイデン大統領に至るまで、歴代の米大統領たちはこの件に対して一貫して謝罪の姿勢を見せてきた。だが、バイデン大統領の修辞の深さや表現は「謝罪文」に近いほどだ。
バイデン大統領は「(日系人たちは)単に日系人であるという理由で適切な手続きも取られず逮捕され、強制的に家から引き離されて収容され、鉄条網に囲まれてつらい日々を過ごした。ただ単に家・職場・財産を失っただけではなく、すべての米国人に等しく享受すべき基本的自由すら失った」と、日系人の被害に詳細に言及した。そして、「偉大なる国は彼らの最もつらい瞬間から目を背けず、誠実に向き合い、さらに強靱(きょうじん)になる」とも言った。しかも、大統領令9066号に署名したルーズベルト大統領はバイデン大統領と同じ米民主党所属で、米国を大恐慌の危機から救った「国難克服の英雄」として国民にあがめられ、慕われているが、バイデン大統領は同大統領を「過ちを犯した指導者」だと言ったのだ。
この日、米国立公園局(NPS)やワイオミング州ハートマウンテン収容所記念館などがオンラインで開催した80年記念式典には、カマラ・ハリス副大統領がビデオメッセージを寄せ、「80年前、米国が日系人12万人を強制収容施設に送ったのは恥ずべき行為であり、憲法に対する裏切りだった。絶対に忘れてはならない」と肉声で語った。米国の国家配列第1位と第2位が共に丁重な謝罪といっていいほどのメッセージを伝えたということだ。