『晩悟謾筆』を発掘・翻訳した安大会教授
安大会(アン・デフェ)成均館大学教授(60)=写真=は、まだ大学生だった1984年の夏、延世大学中央図書館で目録にもない本と出合った。最初のページをめくってみると、没落した両班(朝鮮王朝時代の貴族階級)の青年が流浪して物乞いになり、ソウルで科挙の試験を受けるが、彼のことを夢で見たソウルの両班一家の助けを受けて最後はカンニングをして及第した-という奇異な物語がつづられていた。著者は、物語の最後で嘆いている。「ああ! 吉凶禍福は全てあらかじめ定められているのだから、人の力でどうにかできるものではない」
その本は、学界では知られていない1812年(純祖12年)の野談集(物語本、民間に伝承する各種の話を収録する)『晩悟謾筆』だった。著者は、南人の党派に属する無名のソンビ(文人・学者)、鄭顕東(チョン・ヒョンドン)=1730-1815=と判明した。安教授は、韓国古典翻訳院のキム・ジョンハ翻訳委員など14人と共に、最近『晩悟謾筆』(成均館大学出版部)を完訳・出版した。「発見」から37年を経てようやく翻訳本を出したことについては「これまで他の仕事が多かったから」と語った。
朝鮮王朝時代後期の野談や実話の物語を194件収録したこの本は、訳者が付した内容のリストを見るだけでも興味深い。「物乞いの出世記」「天然痘が結んでくれた縁」「夫を告発して殺した女」「キムじいさんの後を継いでやった儒生」「後妻の処女性」「ポッサム(寡婦を連れ去って再婚させること)に遭った男やもめ」……新聞の社会面に載っている事件記事をほうふつとさせる物語からは、18-19世紀の水面下の社会層がありありと現れてくる。
安教授は「財産争いや女性の淫行の物語が多いが、妓生(キーセン=芸妓〈げいぎ〉)がお金をたくさん稼いで両班と結婚するエピソードのように、以前の時代では想像もできなかったことも起きている」と語った。馬に乗っていくソンビを農民たちが引きずり降ろして乱暴するなど、過激な事件も紹介された。朝鮮王朝を維持してきた身分制度と倫理が揺らぎ、女性の地位が変化し、貞節の概念が色あせるなど、社会が急速に変わっていく様子がありありと捉えられているのだ。「朝鮮の18世紀は、われわれが生きてきた20世紀に劣らぬ激動期だったという話になります」
『晩悟謾筆』に載っている話の大部分は、ほかの本で見て書いたものではなく、京畿道広州で暮らしていた鄭顕東が知り合いや、過客(旅人)のような人物に聞いて記した内容なので、史料的価値は高い-と安教授は説明した。当時の過客は滞在する家の主人と対話を交わして世の中の出来事を伝える、現在の記者やブロガー、ユーチューバーのような役割を果たしていたというわけだ。
鄭顕東がこの本を書いたのは83歳のときだった。『東史綱目』を著した実学者・安鼎福(アン・ジョンボク)の弟子として学問を好んでいたものの、生涯官位には就けなかったこの人物は、出世した人々に対する複雑な視線をあらわにしている。能力がないにもかかわらずうまい手を使って科挙に及第した人々を淡々と見ながら、運命論的態度を示しつつも、「逆境にひるまず耐えて才能を守った人々は、最後には富と名誉を得る」という能力主義の立場もまた堅持していたのだ。
兪碩在(ユ・ソクチェ)記者