「三・一万歳運動の写真、妓生ではなく女学生だった」

朴桓教授、研究書『満州独立戦争』で「独立運動の写真、綿密に研究すべき」と主張

 三・一運動当時、ソウルの路面電車の線路沿いに集団で行進する韓服姿の女性たちの写真がある。この写真は、これまで『写真で見る独立運動』(1987)など韓国国内の書籍や写真集、展示会などでは「万歳運動に乗り出した妓生(キーセン)の姿」と紹介されてきた。しかし最近、学界では、髪型などを分析して「妓生ではなく韓服の制服を着た女学生による万歳運動の写真」と修正する雰囲気だ。最近になってようやく、この写真の本来の出典が1919年3月5日付の朝日新聞であることが確認され、紙面には写真の説明として「女学生らの万歳運動」と記されていた。

731部隊の生体実験を告発するというこの場面、日帝の蛮行とは無関係

 独立運動史研究者の朴桓(パク・ファン)水原大学教授は、最近出版された研究書『満州独立戦争』(図書出版ソンイン刊)の収録論文「写真歴史分析学の提唱」で「教科書などに載っている独立運動関連資料の写真は、明確な出典や根拠を提示していなかったり誤って使用されていたりするケースが多い」と指摘した。

 現在の世宗大路交差点の紀念碑閣周辺に群衆が集まっている写真の場合、さまざまな資料で「三・一運動で行進する群衆に呼応する市民」と紹介しているが、当時の日本の新聞では「高宗の国葬予行演習日に集まった群衆」となっており、撮影地と撮影日まで明かしているのだ。

 1920年の「青山里の戦い」勝利を記念して撮影した北路軍政署の隊員らの姿、といわれてきた集合写真は、戦闘に従事した直後の独立軍の姿のようには見えず、疑問が出ていたが、パク教授は「1944年8月29日付の独立新聞中国語版に載った写真」だとし、この写真が実は40年代の独立軍を撮ったものかもしれないという可能性を提起した。「青山里の戦い」における日本軍の進軍と敗退の様子だといわれてきた写真は、日本側の資料では、それぞれ日露戦争および日中戦争時の写真として紹介されており、慎重な検討が必要だという。

 朴教授は「これまで歴史的な写真資料について体系的整理がきちんと行われておらず、教科書担当機関でもこれに注目しなかった」とし「写真も論文と同じように正確な出典を提示し、史料批判を行う『写真歴史分析学』が根付かなければならない」と語った。

兪碩在(ユ・ソクチェ)記者

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  • ▲三・一運動当時、万歳運動に参加した女学生らの様子。かつて韓国国内の書籍・写真集・展示会などでは「妓生らの様子」と誤って紹介されていた。/写真=朴桓教授提供

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