崔将軍の遺族は反発している。記者に直接電話をかけてきて「時代的状況を理解していない誤解」だと説明した。崔将軍の親日論争は1960-70年代に中国で起きた「文化大革命」の渦中で、中国にいた崔将軍一族が「財産が多い」という理由で批判の対象になったところから始まったという。一部の親類が、自分たちだけでも批判から逃れるために「一族の父(崔将軍)は親日派」という形でののしったのが始まりだった-という説明だ。崔将軍が日帝に「国防献金」をしたという疑惑もあるが、これは「崔将軍の妻がこっそりやったことで、後で知った崔将軍は激怒して絶縁まで行った」と主張した。
こうした主張が事実かどうかは検証が必要だ。ただし韓国の親日派弁別法は、あまりにうるさ過ぎて過酷だ。小さな「欠缺(けんけつ=要件が欠けていること)」だけで全体を断罪したりする。日帝36年間を平凡に、税金を納めて暮らした人ですら全て親日派として追うようなものだ。過去の軍事独裁時代に民主化運動へ身を投じなかったのなら全て反逆者扱いする論理と、大差はない。韓国政府の関係者らが「尹奉吉(ユン・ボンギル)、安重根(アン・ジュングン)義士は早々と殉国したので、論争を避けていけたのではないか」と自嘲するのも無理はない。今回の調査を通して、現政権は「新たな親日派」を発掘し、いま一度「親日追い込み」で政治的波及効果を狙ったのかもしれないが、結果的には自分の足を切ってばかりいる。
梁昇植(ヤン・スンシク)政治部記者