今から10年ほど前、東京都内では「近く大地震が発生する」といううわさが広まり、多くの都民が不安におびえていた。大地震によって数千人の都民が犠牲になるとの見方もあった。テレビでも地震などの災害に対する備えを呼び掛ける特集番組が幾つも組まれた。その根拠は「メガマウス」と呼ばれる深海のサメが出没したことだった。異様な姿をしたメガマウスは通常深海で生息するため水面近くには現れない。ところが当時、東京湾などで半年の間にメガマウスが3匹も水揚げされたことから「海底の地盤が変動したのでは」といった見方が語られるようになった。しかしその後、大地震が発生することはなかった。
「地震大国」とされる日本では大地震の前兆について長い間研究が行われている。例えば「椋平虹(むくひらにじ)」という言葉がまことしやかに語られたこともある。京都に住んでいた椋平広吉という人物が虹の光や色、形などから地震の発生を予言したというもので、一時はその予言の正確さに注目が集まり、日本国内だけでなく台湾や米国での地震も予測したそうだ。エジソンやアインシュタインから激励の手紙も送られたという。科学者たちも椋平氏に注目した。しかしその予言について科学的に証明されることはなく、椋平氏が語る予測の方法も非常にあいまいだった。しばらくすると科学者たちは椋平氏の話に耳を傾けなくなった。
ところがこの話は今も伝説として語られている。椋平虹は水蒸気によるものではなく、地磁気の変動によって現れるとの話が広まった。これをきっかけに一部の日本人は空の発光現象を地震の前兆と考えるようになった。意外にも後になって米国の研究者たちもこの考え方に同調した。地震によって地中の岩に力が加わると、蓄積された電気エネルギーが上空に伝わり、光を発するというのだ。
日本では地震予知動物に関する研究も盛んに行われている。21年前の阪神淡路大震災の直前、猫は3匹に1匹、犬は4匹に1匹が異常な行動を取ったという研究結果も公表された。猫も犬も霊物なのだろうか。これについて当初は地震による低周波の振動によるものと考えられていたが、最近は地震の際に発生する電磁波が動物の脳に影響を及ぼすという見方も語られている。しかし最も有力なのは「動物の日常的な行動を人間が勝手に解釈した」という見方だ。
釜山や蔚山では原因不明のガスの臭いが広がったことを理由に「大地震の前兆」といったうわさやデマが広がっているという。これにアリの群れが出現したこともデマを一層あおった。しかし臭いは一般的に地震の前兆とは考えられていない。アリの移動は半世紀前、中央アジアのトルクメニスタンで発生した地震のときのようによく目撃される。しかしアリは普段から釜山や蔚山だけでなく、世界各地で群れを作り動き回っている。ちょっとしたデマに動揺しているようでは、今後も犬の遠ぼえや猫の鳴き声さえも何かの予兆にしか聞こえなくなるだろう。