1977年のある日、米国のグラフィックデザイナー、ミルトン・クレーザー氏がニューヨークのマンハッタンでタクシーに乗った時に突然いいアイデアが頭をよぎった。適当な紙がないため手元にあった破れた封筒に赤いクレヨンでなぐり書きした。まず「I」それから「love(ハートマーク)「N」「Y」と書いた。この封筒は世界で最も成功した都市ブランド「I love(ハートマーク) NY」の最初のアイデアが記録されたものとして、今もマンハッタンのニューヨーク近代美術館(MOMA)に保管されている。
当時のニューヨークは最悪の時代だった。犯罪率はうなぎ上りで、市内のあちこちでは麻薬取引が横行し、都市は完全に没落していた。ニューヨーク州政府は都市を再生するためのキャンペーンを始めた。その時に考案されたスローガンが「アイ・ラブ・ニューヨーク」で、クレーザー氏はこれにぴったりのロゴを考案したのだ。「I love(ハートマーク) NY」はニューヨークが世界から愛される観光都市に生まれ変わるのに大きく貢献し、今ではニューヨークに行けば誰もがこのロゴの描かれたアクセサリーを一つは購入するだろう。つまりこのデザインはまさにニューヨークのイメージそのものとなったのだ。
世界の主要都市はどこもブランドとイメージを前面に出して他の都市と競争している。麻薬と性の文化が連想されるアムステルダムは「アイ・アムステルダム(I Amsterdam)」というスローガンでイメージの刷新に取り組んでいる。これは「私はアムステルダムの市民」という意味だ。ベルリンも「ビー・ベルリン(Be Berlin)」というスローガンを打ち出した。冷戦と分断のシンボルでもあった暗いイメージから脱却するためだ。シンガポールは「ユア・シンガポール(Your Singapore)」、香港は「マイ・タイム・フォー・香港(My Time for Hong Kong)」だ。
ソウルの新しいスローガンは「アイ・ソウル・ユー(I. SEOUL. U)」で、これは「わたしとあなたのソウル」を意味する。13年にわたり使用されてきた「ハイ・ソウル(Hi Seoul)」はそのメッセージがよく分からないという指摘が多く、またその後に付けられていた「ソウル・オブ・アジア(Soul of Asia)」は中国が使用を許可しなかった。「なぜアジアの魂が韓国なのか」「中国人が悪い感情を抱く」というのがその理由だった。このように中国で使えなかったことが、新しいブランドイメージを作ろうとするきっかけになったようだ。
ソウル・ブランド推進委員会が外国人を対象にソウルのイメージを調査したところ、「世知辛い」「非情」「忙しい」「道が渋滞している」といった回答が多かった。そのため今われわれに足りないと思われる「余裕」を核に据えたという。つまり「I. SEOUL. U」はさまざまなストーリーが込められた開放的なスローガンとメッセージが込められているのだ。新しいブランドやスローガンがわれわれの生活に余裕をもたらしてくれるかどうかはまだ分からない。しかし都市の魅力はその都市が持つ歴史や文化、それに加えてそこに住む人たちから湧き上がるという事実だけは変わらないだろう。