1995年、サッカーの英プレミアリーグ、マンチェスター・ユナイテッドFCのFWエリック・カントナが相手DFをけり、レッドカードを受けた。相手チームのファンたちは一斉にブーイングを浴びせた。フランス代表経験のあるカントナは「キング・エリック」と呼ばれるマンUの看板スターだった。そのカントナが選手出入り口から退場する間もブーイングは続いた。熱くなりやすい性格のカントナは、フェンスを飛び越えて相手チームのファンに跳びげりを食らわせた。これが有名な「カントナのカンフー・キック事件」だ。カントナは出場停止10カ月と懲役2週間を言い渡されたが、後に社会奉仕120時間に減刑された。
この件以来、欧州のサッカー・スタジアムの様子が気になり、実際に数回観戦した。観客席は想像以上に熱かった。歌と歓声で耳が詰まったようになり、隣の人と会話すらできない。試合が少し熱を帯びてきたかと思うと、全観客が立ち上がってその場で飛び跳ねたり、腕を振ったりした。普段ネクタイを締めているビジネスマンも、ジーンズをはいてサッカー場に来れば別人になった。
小説『ブリキの太鼓』などで知られるドイツのノーベル文学賞作家ギュンター・グラスは、サッカーを称賛する詩『夜の競技場』で「ゆっくりとサッカーボールは空に浮き上がった/詩人は孤独にゴール前に立ち、審判は笛を吹いた」と詠んだ。しかし、アルゼンチンの作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスは「チェスで始まりサッカーで終わる国が何をするというのか」と嘆いた。ボルヘスはサッカーが極端な民族主義のぶつかり合いの場になることを懸念したのだ。イタリアの作家ウンベルト・エーコは、サッカーの中に「地域主義ファシズム」が存在するのを感じ取り「サッカーは好きだ。しかしサッカーファンは嫌いだ」と語った。
歌手PSY(サイ)が先月26日(現地時間)、ローマのサッカー場で大ブーイングを受けた。今年のイタリア・サッカークラブのチャンピオンを決める「2013コッパ・イタリア(正式名称TIMカップ)」決勝戦直前だった。PSYは世界的ヒット曲「江南スタイル」を歌い「乗馬ダンス」を披露した。ところが、観客席のムードは冷ややかで、ひいきチームの応援歌を歌ったり、爆竹を鳴らしたりしていた。そして歌が終わるとブーイングが巻き起こった。決勝戦はローマを本拠地とする宿敵チーム、ASローマとSSラツィオの対戦とあって、いつになく緊張した空気が漂っていた。観客はPSYの歌に耳を傾ける余裕がなかったようだ。
それでもPSYは毅然(きぜん)としていた。もともと何事にもめげない男だが、この出来事にも動揺することなく「イタリアを愛しいます」と言ってステージを降りた。イタリアのインターネットユーザーたちは「観客はPSYをなめているわけではない」として、ライバルチームをたたきのめしてやろうと意気込んでいる観衆にアジア人歌手の歌を聞かせた主催者側のセンスのなさが原因だと話している。しかし、ASローマのファンには、先月12日に相手チームの黒人選手を愚弄(ぐろう)する人種差別的なやじを浴びせ、試合中止という事態を招いた「前科」がある。やじやブーイングは応援の一種とは言えないだろう。ファンたちは世界的スターのライブ公演に対して最低限のマナーを守るべきだった。